金色の髪の毛は太陽
柔らかい肌は冬の日差し
ピンク色の唇は色づいた椿のつぼみ
染まった頬は舞い散る桜













白昼のリンゴ












リンゴになる夢を見た。
ああオイラはリンゴの木で、枝の頃から少しずつ考えて、考えてたまに眠ってゆっくり考えて太陽を汲んで、雨に流され風にうなづきいい季節に木に生った

それはオイラがまだ、赤い赤い実になる前
花の蕾にさえなる前
枝の節の奥で眠っていた頃のこと

人の手で次々にもがれる仲間を見て、オイラは自分の運命を知った
いつか自分も実になって、食べられてしまうことを知った
そのために生きていると知った
時が近づけば近づくほど切なかった
何がしたいかわからなかったけれどやりきれなかった





遠くの桜が満開の時期だった。晴れて空はまだ冬の名残ずっと高かった



オイラがある日昼寝の後、小鳥の鳴き声に目を覚ますと、
今まで感じた事のない不思議な気持ちがしてオイラは下を見下ろした
そこに
懐かしい色の土の上に、
アンナが一人、幹に背を預けて眠っていた。


オイラは一目で好きになった









空の青さや、日差しの暖かさ 優しさを身に感じて幸福を想うように、
アンナを見下ろす時はいつも幸せになった

風に吹かれる髪の毛が、柔らかい白いおでこをふわりと横切る
その髪の毛にいつか触れてみたいと思った
羽毛よりもしっとりとしてあったかいだろうおでこに、ぴったりくっついてみたいと思った
彼女がいつ目覚めても微笑んでくれるように、今年はずっとたくさんの花を咲かせた
散っていく花びらを残らず、彼女が良い夢を見られるように、春風に乗せて降らせた

アンナは毎日、幹に背を預けたり、根っこを枕に寝転んだり、静かに静かにただそこで眠っていた
食べることも、歩くこともせず、ただオイラに寄り添って寝ていた。
だからオイラはアンナの開く目を知らなかった。
でも、彼女がとても強いということも、本当は優しいということもとっくに知っている。

そう、オイラは恋をしていたし、アンナをしっかり愛してた。だから
小さく唇をあけて寝息をたてるあの口になら、食べられても幸せだろうなといつもいつも考えていた
その頃には、もう自分の未来を悲観することはやめていた。
何の為に生きているのかわかった気がした

花を過ぎ、ミツバチと風の功労でオイラは自然と実になった
ゆっくり膨らみ蜜を溜めて、オイラの重みで枝が下がっていくと、オイラは少しアンナに近づいた。
眠るアンナのまつげの長さや、ほんのり染まった頬をいつも見ていた


まだ緑色の自分だけど、もうすぐ綺麗に色づくからな、アンナ
お前の好きな赤い色になるから、もうちょっと、待ってろよ。
そしたらその指でもいで、その口でうまそうに食べてください。
それだけがオイラの望み



蝉が鳴いている。
日差しが強い夏は、その真っ白な肌が焼けないように、葉をせいいっぱいに広げてアンナに涼しい日陰を作った
見ていると、目を伏せたまま気持ち良さそうあくびをした。思わずこっちが笑顔になる。
もうすぐな、もうすぐ。
早く起きる日が来ねえかな



けれどコスモスの時期を過ぎても、アンナは目を覚まさなかった。

すっかり肌寒くなったある夜、眠るアンナにおやすみの合図に染まりすぎた葉を一枚落としてやってから、オイラは眠りについた。
しかしその直後、オイラは大きな物音に目を覚ました。
アンナに何か起こったのかと思った。
真下のアンナには、何も異変はない。枝に響くほどの衝撃だったのに、身じろぎもせずにすやすやと眠っていた。
それに胸をなでおろして、音のした方を見る。

真っ赤な重々しい林檎が一つ、暗い暗い地面に、闇をまとって落ちていた。

一番発育が良く、一番大きかったやつだった。
一足先に木を離れた。それにしてもあの衝撃。
下にアンナがいなくて、本当に良かったと思った。
無防備に寝ているアンナだ。それでなくても華奢で、柔らかいんだ。
もし真上に落ちてたら、怪我で済むのか・・・・・・・

はっとして、オイラはアンナを見た。
夜の闇の中、大人しく眠るアンナは、オイラの真下にいた。
オイラは日に日に大きくなる実を、アンナの頭の真上につけていた。



オイラが、落ちたら、
アンナが、死ぬ



そんな考えが、唐突に頭の中に滲んだ。












今日も落ち葉を一枚、一枚
アンナの寒さが少しでも和らぐように振らせてやる。
途端に、時間の流れを思わせて怖くなる。
この葉が全部落ちたら、次は自分の番なんだ



やめろやめろやめろ
おちちゃだめだおちちゃいけない
このまま落ちたらアンナが死んじゃう



その頃にはアンナが一生起きないことに気づいていた
ずっと同じ場所、いつもいつもオイラの下で眠っているんだ そうゆう約束なんだ
アンナがオイラをその手でもぐごとはない オイラを食べることはない
オイラが落ちたら終わりなんだ




毎日色づく
毎日重くなる


熟れていく

枝が下がって、もっと下がって、
頼りなさ過ぎる節が枝との繊維を一生懸命握る
それさえもう時間の問題

風が吹く。落ちないようにふんばる
鳥が来る。どうかオイラに近寄らないように祈る。
好きだった風も、友達だった鳥も、アンナへの脅威を前に嫌いになった


つんと冬のにおいが空気を引き締めた日、ふわりと雪が降ってきた。


オイラの身体に薄くつもる。
寒くて、でも身震いもできない





おっこちてしまいそう今にも

好きだ
お前が好きだ

大好きなんだって

好きだ


おっことさないでしんじまう





涙の代わりに染まりすぎた赤色から染み出るように蜜が一筋流れた




冬はいよいよ、深まった。

アンナは今日も雪の中で眠っている。
もっと葉を落としてやれば良かった。本人は安らかに眠っているけれど、
金色の髪についた雪の結晶はさぞかし冷たいだろう。
雪の白を背景に、アンナのひざこぞうと、頬が温かく夕焼けのような赤に染まっている。


綺麗だな
死なせたくない

一緒にいたい


寒さにも、
熟れ過ぎた実も限界で、必死に繋ぐ蔕が、じりじりと、じりじりと細く歪んでいく

もう今にも、落ちてしまう

限界だ。

アンナ
アンナいやだ
死ぬなら、オイラ一人で良いのに






「バカね」



懐かしい声がした。
見上げるアンナの目に、真っ赤なオイラが映っていた。


「逝く時は一緒よ」


その直後、



頭のてっぺんでぷつっとちっちゃい効果音がした




一瞬後オイラは空中にたった一人で浮かんだ
林檎の木から林檎になった瞬間だった

そしてオイラは、ニュートンの高説そのまま
まっすぐ一直線に重力にひっぱられた

真下にいるアンナアンナアンナに


一直線









ガツン。









痛みなんて全くなかったのに
アンナはこめかみにその直撃を受けて、細い体をびくんと振るわせ
ぐらりと倒れて地面に横たわった。


アンナの頭に激突して、アンナの膝に転がって、それからオイラは地面に落ちた
倒れたアンナの顔の目の前だった
アンナは目を閉じていた。
けれどそれは、いつも見ていた、寝顔では、もはやなかった。
頬は急速に色を喪っていった



ずっと近くに行きたいと思っていた
もっと近くで見たいと思ってた
きっとアンナが一呼吸でもすれば
ふっと甘いオイラの香りが鼻腔をつくだろう


それぐらい傍にいるのに
ああ・・・こんなに傍にいるのに






もう、アンナは動かない。













やがてオイラは腐っていった
つぐみが来て、しこたまつついて齧って別の場所に落としていった
アンナの足元に転がって、彼女を見上げながら、半分になった身体で考えた


ああオイラは何で生きてきたんだろう
何で生きているんだろう
いつか死んでしまう命なのに
必ず消え入る一生なのに
それどころか、それどころか、
愛する人の命を自分と一緒に奪ってまで
何で
何でオイラは









「種よ」








アンナは上半身をゆっくり起こすと、オイラの前で疑問符を浮かべるかのように首を傾げた。

唖然としているオイラに、すいっとアンナが握った手を差し出した。
受け止めるようにオイラが両手のひらを差し出すと、そこに小さな何かが転がるように着地した。

小さな小さな
真っ黒い種だった。




「花が咲くわよ・・・」







魅入るように種を見、それからまたアンナを見つめた
アンナもオイラを見つめ返した。
































「林檎?」

「おお」


庭にしゃがむオイラに、縁側からアンナが声をかけた

「種うえてるんよ」

振り向いて笑う。
アンナは口元をとがらせただけで何も言わなかった

土のにおいの染みた手を払って、縁側のアンナの隣に座る。
サンダルを片方づつ蹴り落として、ごろんとアンナの膝に寝転がった

「林檎、できるかしら」

さらさらと鳴る緑の音を背景に、アンナが呟いた。
オイラは庭を視界からはずして、体をごろりと半回転させると、
ぎゅっとアンナの腹に額を押し付けた。


「ああ、必ず花が咲く」






















***
農園のHPありがとう。

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