空と雲を赤く 赤く染め抜いて
レモンが地平線に沈んで
オレンジになって昇る
時までは
ずっと
一緒
テキーラ。
この自分勝手で情熱的な恋。
小さな無人島で本戦がはじまった頃。
あの再会から、またあたしは、毎日あんたの顔を見る。
でもあんたってこうして見ると、随分仲間が増えたのね。この頃は一人でいる葉を滅多に見ない。
あんたの大好きな音楽聞いてるヒマもないんじゃない?
あたしと話す時間も減ってるなんてほんといい度胸してる。
子供じゃないから 知ってる
独占欲は醜い
いい女って違うのよ
黙って後ろで男を支えて
帰ってきた時にだけ
おかえりって言って癒してあげるの
依存しすぎない
甘えすぎない
そんな関係がかっこ良い。
本心?・・・ほっといてよ
だから寝床にもぐりこんでやったの。
だって帰ってきてすぐ葉ったら寝るんだもの。
もう少し話がしたかった
もう少しそばにいたかった
いいでしょあたしあんたの妻だもの。
妻だもの・・・妻でしょう?
お願いもう少しそばにおいて。
葉は暗闇の中でシッカリと起きてて、突然密着してきたあたしをボーッと見た。
ちょっと困ったようにして、暗くて見えないけどたぶん赤くなったりして、どうしたんよ、と夜らしく潜めた声で言った。
「いいでしょうたまには」
あたしも呟くように言った。
向こうを向かれる前に正面からごそりと腕を回してやった。
固まる葉をそうして抱いて、あたしは目を閉じた。途端に布団に沈んでいくような安堵感。
その後葉が寝れたかなんてのは知らない。
オレンジ色の太陽が昇る頃、あたしは早起きの年寄りみたいにぱちっと目を開けて、
結局あたしに腕枕するはめになった葉の寝顔を正面から見つめた。
よく寝てるわとそれだけ思ってあたしは寝床から抜け出した。
パッチ村のベッドよりは、マシになったと言っても慣れない寝具。
きっとこんなに寝れたのは久しぶり。
あたしは今度は布団の横に正座して、真上から寝ている葉を見た。
首筋がはだけて窓からの朝日に照らされている。
その顔の横の布団の上に手をついて、むきだしの首にぎゅっと唇を押し付けて吸い付いた。
もちろん数秒おくと赤い赤いあとが残った。
指で唾液を拭き取った。
まぬけな寝顔をさらす許婚は少しも動じない。
そうして部屋を出た。
ねえ小さないたずら。
これで今日はあんたはあたしに話しかけてくれるでしょう?
二人だけの小さな秘密よ。
共有するのあたしだけにしかできないこと
まぶしく輝くオレンジが海の向こうに沈んで、いつしか真っ黒になった空に、どこからか現れた大人しいレモンが高くのぼるころ、あたしはまた寝床にもぐりこんだ。
今日は葉は眠っていて、あたしは何度も頬を叩いて無理矢理起こした。
「アンナ・・?」
寝ぼけ眼を文字通りこすりながら葉が呟いた。
その首に今朝あたしのつけた赤いあざがちらっと見え隠れした。
「お前どうしたんよ・・・昨日から」
「一緒に寝て頂戴」
「あ・・・?」
これが事実、今日はじめての会話。
時計は11:57。ギリギリと言ったところ。
葉は今朝起きると、一緒に朝ごはんさえ食べずに、葉明に呼ばれたとか何とかで宿舎を出てってしまった。
そしてそのまま一日中、ついさっきまで、帰ってこなかった。
赤いあざはむなしく暗闇に染みのように溶けている。
今朝よりもう、薄くなり始めて。
あたしはそれが悔しくてたまらなくて、また葉に抱きついた。
くっつかれるのを察して一瞬身じろいだが所詮葉に逃げ場なんてなくて簡単に捕らえた。
「お前なあ・・・、誰かに見られるだろ」
愚痴なんて、最悪よこんな時に。
あたしは葉の言葉を無視してまた目を閉じた。安堵感は不安定にあたしを包んだ。
長く眠れなかった。そのうち葉が先に寝てしまった。
レモンが昇るまでは遅い
オレンジが昇るまでは速い
あんたはきっとそれが嬉しいんでしょう
友達と山ほど遊べるもの
あたしはそれが嫌なのに 気が合わない
この時間、二人の時間 もっと長くあってほしいのに
目を閉じたらもう目を開けてまた朝
オレンジがまぶしく無情にまた永い一日を照らす
誰かの足音。どこか遠くから。
呼ぶ声。うるさい。あたし嫌よ。眠いもの・・・。
と、がばっと横で葉が起き上がって、布団にくるまるあたしを跨ぐと一直線に襖へ向かった。
どたどた足音が床から耳に響く。うるさい。続いて襖を引く音。声。
ああ・・・まん太。かしら。声・・・。
葉が何か言って、何か・・・またすっと襖が閉まって二人の声が遠くなる。
あたしは布団の上で体を起こした。けれどまたすぐ横たわった。寝させて・・・。
しばらくしてまた襖が開いた。ためらいない勢いは葉だ。
まん太のものらしい小さい足音は廊下を叩いて遠ざかっていく。
葉は続いてばたばたと準備しはじめた。
よどみない手際は布団の上であたしが目を開いて見ているのになんて気づいてない。
急いで掴んだために手を滑らして落とした阿弥陀丸の位牌を、急いで拾い上げた時に、また首筋に昨日より薄くなった赤が見えた。
黙って見ていたらそのまま忙しなく出て行ってしまった。
あたしに一言も言わず・・・?冷たいのね
だから甘えるつもりなんてないの
依存するのも嫌よ。言ったでしょう。
弱みを見せるなんてかっこ悪いじゃない。
あたしはあんたにそうしたくないし、あんたにそうされたくもない。
いざって時一人で生きられるのがいい女ってもんよ
あたしはそうありたい。
本心?・・・寂しいに決まってるじゃない
昼過ぎになってだらだらと起きていったら、どうやらたまおが姿の見えないあたしを心配して探し回っていたらしかった。
ようやく顔を合わせるとたまおは泣き出しそうになっていた。
「馬鹿ね。ちょっと散歩してただけよ」
「心配するじゃないですか・・・葉様も知らないって言うし」
でしょうね、とあたしは心の中で思った。
ようやく僅かに優越感を感じることができた。
それにしてもたまおの焦りようと来たら・・・、ほんの少し知り合いの姿が見えなかっただけなのに。
「でもアンナ様戻ってきてくださってよかったです、アンナ様がいないとあたし心細くて・・・、本戦は怖そうなシャーマンの方も多いですし・・・」
「あんたね・・・、いい加減もう少し強くなりなさいよ」
ため息まじりにいつもの説教。
「一人でいることにも慣れなさい」
言ってたまおに背を向ける。
ふと今し方言った言葉が勢いで軽率に発された事と、その薄っぺらさを自覚した。
一人に慣れる・・・?誰が?
「アンナ様はお強いですね」
純粋に感動を口にするたまおの台詞が、背中に重く乗る。
強い・・・?誰が・・、
背中から葉があたしの名前を呼んだのは夕方近くなってから。
あたしは無意識に、近づいてくるその首の、シャツのえりと熊の爪のネックレスの紐に隠れかけている薄い赤に視線を落としていた。
けれど葉ときたらキスマークの事どころか、今日の朝の事にさえ触れずに、ただ今日はホロホロたちと夕飯食べてくるってだけ告げた。
一緒にいたまん太がいつも通りのところを見ると、あたしと葉が一緒に寝ていたのには結局気づかなかったんだろう。それさえどこか悔しい。
「じゃあな」
って、あっと言う間に。
拍子抜けするほど平然としちゃってさ。意識してるあたしを馬鹿にするように。
葉がそんな器用なことできる人間じゃないのはわかってる。でも。
何でそうまっすぐにあたしを見れるのか、わからない。
昨日も今日も一緒に寝たのに。
首筋のそれ、顔を洗う時でも、歯を磨く時でも、鏡の前に立てば容易く見えるのに。
・・気づいてないの?
小さな、あたしたちだけの、秘密なのよ。
あんたはあんたのものだもの
あんたを欲しがったりなんてしない
できないからしない
独占欲なんて無意味でしょう
だからせめて、あの短い時間くらいは
オレンジが空に昇るまでの間は
その名残ぐらいは、あんたに押し付けて残しておきたい
そしたらレモンが昇るまでの間は
それを見て満たされることができるでしょう
あんたの一部を、心のほんの片隅を独占することができるでしょう
秘密を共有するの共犯者みたいで嬉しいじゃない
些細なわがまま
なのにそれさえ叶わなかったら
あたしは
どうすれば いいのよ・・・
「あのなあ・・」
布団の上に座って向かい合って、葉は頭をかきながら言った。
「だからな・・・アンナ」
潜り込もうとしたら押し返されて電気をつけられた。眩しさに目がくらんだ。
目を開けると目の前に体を起こしてため息をついてる葉がいた。
そして小さい声でぼそぼそと単語を吐き始めた。
うざったいったらないわ。
「何なんよ、一昨日といい昨日といい・・・」
言葉は一向に耳に入ってこない。
ねえ、この一日の体感速度、あんたはどれぐらいに感じた?あたしは亀の赤ん坊の歩み寄り遅く感じたわ
あんたになんか絶対理解できないでしょうけど
「今日みたいにまん太が来たりするしよ・・・別に悪くはねえんだけど」
やっと夜が来たわ。だからあんたに会いに来た。この時間しかないじゃない。
知らないの?とても短い時間なのよ。
「オイラも男なんだし・・・、何てか、」
だから無駄話なんてしないでよ。もういいからあんたのそばで寝させてよ。
「それ」
葉のだらだらした声を断ち切るようにあたしははっきりと言った。
同時に葉の首筋の薄い薄い赤を凝視する。
あたしの視線をたどって、葉はものすごく首をひねってそのあたりを見た。
鏡を使えば一目瞭然だろうが、直接見るには少しきついそれを、葉は何とか皮膚を引っ張ったりしてようやくその存在を認めた。
「げっ、お前かつけたの・・・いつからだよ?」
二日越しに認めた事実に葉は苦悶するように眉を寄せた。
何よ。いまさら気づくなんて。どこまでユルいのよあんたは。
「もう消えちゃうわよバカ」
言った言葉は語尾が持ち上がって高くなった。
目が染みるように痛いのだ。
声の異変に葉があたしを見上げた。そんな葉の顔がじわと歪んだ。
「気づいてよ」
あたしは毎日気にしてたのよ。あんたが怒ったような困ったような顔であたしに詰め寄ってくるのを待ってたのよ。
あたしから自白するハメになるなんて。かっこ悪いったらないわ。
せっかくつけたのに。上手くつけたのに。もう消えちゃうじゃない。
「おい・・・アンナ、何で泣くんよ」
一転して心から狼狽して葉が顔を覗き込んできた。
泣き顔なんて見られたくなくてあたしはうつむいた
ぽつりと滴がまつげを離れて膝に着地した。
「二人の秘密じゃない」
こんな言葉を、あんたの鈍い頭じゃ到底理解できないことを知りながら、嗚咽しながら呟いた。
「バカ・・・大嫌い」
落ちる涙と一緒に言った。葉は渋ったように言葉を選んで、それからいつも通りすまんと言った。
「あんたはもっとあたしに優しくするべきだわ」
あたしは涙と共に高まっていく神経に任せて、そんな陳腐な言葉を口にしていた。これじゃ子供だ、まるっきり。
「・・・すまん、アンナ、忙しかったんよ、最近・・・」
先ほどの台詞には異論があったのかもしれないが、それを飲み込んでまたぽつぽつ葉は言い訳を口にする。
うるさいわよもう。そんな言葉なんて、聞きたくない。
みなさいよ、こうしている間にも時間は減っていくんだから
「それより早く抱きしめて」
葉が、へ、とまぬけな顔をしたのを感じた。
実際そうだったのだろう。葉はうつむいたままのあたしにも見える手の動きで、その様子を表した。
手を持ち上げて、迷って迷って、・・・ようやくあたしの肩から両腕をまわした。
あたしは葉の胸に頭を押し付けた。じれったい。大嫌い。
「アンナ」
頭のてっぺんに葉の頬の感触と頭の重さを感じた。
「あ、ちょっと待て」
せっかくあたしからもしがみつこうとしたら、葉は言い残してあたしを引き剥がした。
立ち上がると廊下とつながる襖の方へ。
一瞬出て行くのかと思ったら、葉は襖の前で立ち止まって、少し考えてから一人で思いついたように、おお、と言って、壁に立てかけた春雨を手にとった。
何をするのかと思ってたら袋に入れたままのそれを握って、何故か「阿弥陀丸、すまん」と呟いた。
次に襖と壁の間の長方形の空間に、自分の武器を斜めにがたがたとはめこんだ。
ちょうど、それがつっぱって、襖が開かないように。
よしと小さく呟くと、こっちを向いてまっすぐ戻ってきた。
そして意味を汲みきれずに、ぼうっと残った涙をまた一筋流したあたしの前に座った。
「世話がやけるよな、お前は」
かっこ悪いあたしを馬鹿にしてるのかと思った。
けれど突然、葉はさっき抱きしめるのにあれだけためらったなんて思えない滑らかな動作で、顔を寄せてあたしの首に唇をつけた。
少しの間、部屋にはあたしの鼻をすする音だけ。
ちゅ、と唇を外して、葉は指であたしの首に残った赤いあとを軽く押した。
「秘密な」
いい女として描く理想なんてほど遠く、子供みたいに涙をためるあたしの情けない顔を、
あんたは予想に反して見透かしたようなゆるったい幸せそうな笑顔で見ていた。
何よばか。憎たらしい。
あんたはこんなかっこ悪いあたしにでも笑うっていうの?
あたしがいい女になりきれなくてもいいっていうの?
馬鹿みたい、そんな依存する関係なんて、甘えた関係なんてさ。笑っちゃうわよ。
けれど再びまわしてくれた腕の温かさに、思考に反してあたしはその体重の全てを依存させた。
そして布団に横たわるより心地よい安堵感の存在を知った。
ああそう。
それでいいなら、今日はたくさん困らせてあげるわよ。
笑顔なんか見せてやらない
あたしのしかめっつらを抱いて、あんたは柔らかい布団にもぐった。
あたしはあんたの腕にもぐった。
許してなんかやらないわ
ちゃんと、抱きしめてよ。もっと。もっと。
ダメよごまかされなんかしないこんなんじゃ。
この時間が二人のものなら、あたしだってあんたに、癒してもらう権利があるのよね
そうでしょう?
明日はオレンジがのぼっても、ずっと一緒にいてもらうから。
もう絶対に放すもんかと思いながら、
あたしは首の横の黒い髪に顔を埋めた。
気づかれないなんて二度とないように、今度はその首に歯形を残してやるから。
<end>
***
題名:オレンジを入れてテキーラサンライズ。
レモンを入れたらサンセット。
グレナデンシロップで鬱血みたいな赤い空。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
いや民宿は確か雑魚寝だったはずだ。
というつっこみは禁句で・・・;
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