出会い・まだ遠く









































「いやああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「お母さん!!おかあさあああん!!」

「いやあああ!!!」

年など関係なく脳みそは
そうできているようで
頭はありったけの
ありったけの
走馬灯を
流した

それは記憶

「いゃあああああ!!」

昔の

「助けて!!母さん!!かあさん!!!」


「いやあああああーーーー!!!」


昔・・・・・








夜。

それは深夜。




ガチャン。




何かが壊れた音がした。
それが何だったか幼い彼女が知ったのは翌日のこと。
割れたのは一枚の白い皿だった。
新聞紙に包むでもなく、ゴミ箱の中に無造作にほうられていたのを見た。
皿は昨晩、食卓の上に置いてあった。
しかし、誰かの手がヒステリックに皿を押しのけて、かくして脆い陶器は硬い床へダイブするはめになったのだ。

少女は布団からするりと出て襖の前へ行った。
足の裏に触れた畳の感覚はとても慣れたものだった。
また、張り詰めた夜の空気にも慣れていた。
時計の針は少女の横で25時を指していた。

そっと襖を引くと、今まで聞こえていた声が意味をもって耳に届くようになった。

「もう嫌よ」

「怖いのよ」

「あの子」

襖の向こうにいる人間は二人の男女で、
食卓テーブルに向かい合って座っていた。
二人は彼女にとって一番近い存在の人間だった。血縁的にはそうだったはずだ。
二人の声はこの世の誰の声よりも、彼女を安心させてくれた。
今だって、間違いなくそうであるのに
最近どうも二人は少女の好きになりきれない声を出す。
とくにこんな時の、泣き出しそうな女性の声は苦手だった。
震える狂気は遠い昔死んだ愛情のにおいがする


「だからってお前、自分の産んだ子だろう」

「知らないわよ!!あんな子ー・・・!!」


食卓に座った女性は、美しいと形容されるはずの顔を歪めて、髪をかきむしった。
相手の男性の手が、半ば面倒くさそうに制止した。
それを皮切りに彼女はわっと泣いてテーブルにつっぷした。

「産んでない!!産んでない!!!」

「産んでない!!!」


襖の向こうで大きな澄んだ瞳が、そんな二人を見つめていた。
少女の視界は曇り、一瞬後つま先のあたりでぽた、と小さな音がした。







「−−−」

なまえをよばれた。

くるりとくびをまわすとそこに好きなかおをみつけた
もっていたシャベルをすなばにほっぽって、
かけよるとそのひともせいのたかさをかえた
さっきまでずっとうえにあったかおが、
いまはわたしのめのまえにある
かあさんもにっこりとわらってくれた

かあさんはとてもきれい
みじかいかみはあたしとおなじいろ
あたしはそれがうれしい
ねえあたしもいつかこんなふうにきれいになれる?

「帰るわよ」

かあさんの声はおちつく
いつまでもきいていたいわ

すっとかあさんの目がわたしのスカートを見た。

「あら、またこんなところ汚して。泥はおちにくいのに。このこったら」

「ごめんなさい」

わたしがこたえたら、
かあさんがわたしのかおをみあげた
わらってくれてないのは
あたしがスカートをよごしたから?

それがちがうの
わかった

「このこ・・・・なにかおかしい」

また、かあさんは口をひらかずにつぶやいた



















何故この力を私に
与えた
押し付けた
縛った
これは呪いだ


















長いお経が聞こえていた
とても退屈で正座した足がしびれる
四角く囲われた中で燃える火
その前で必死に葉っぱのついた木の枝のようなものをふっているのは、
「おはらい」をするお坊さんだという

背中で父さんと母さんの不安と期待を感じた
おなかで無駄という確信をいだいていた

お経は続く
頭にひびいて消えない

私の能力も
頭にひびいて消えない




















バシッと、側頭部を叩かれた。
俯き見つめる畳が、涙に滲んでいく。

「また読んだわね・・・!!どうして、どうして母さんのいうことが聞けないの!?」

振りぬいた手が、わなわなと震えている。

「よんでないわ・・」
「嘘・・・今も読んでる!顔に書いてある・・・!!」

もう一度、高く振り上げた手を見て、少女は条件反射に身を竦めた。
が、次の衝撃は、いつになっても来なかった。
恐る恐る顔を上げると、母親はその場に座り込み、嗚咽を繰り返していた。

「母さん・・・・・・・ごめんなさい・・・」

母親の涙は心に突き刺さって痛くて、自分の全てを、心の底から謝った
たった一言でしか表せないのがもどかしく、小さな声で必死の謝罪を繰り返した。

「もう読まないで・・・・お願いよ」

少女は大きく頷いた。

「約束よ」

もう一度、強く頷いた。
母はそれを見ると、わが子を抱きしめた。
それは嘘だった。彼女は自分の能力が、自分の意思ではない事、流れ込んでくるものだと、とっくにわかっていた。
証拠に今も、母親の声が頭に響いてくる。
でも、隠せばいい。できるはずだ。




そして、嘘はすぐばれた。























抱き上げられた感触を覚えている
鮮明に覚えている

一瞬前には布団の上だった
一瞬後には空中だった

夢うつつに頭に響いた言葉を
彼女は人生で一度だけ否定した

そして知らぬふりをしてまた夢に沈んだ

抱き上げた腕の筋肉が強張っていようと
温かかったそれを
彼女はまた決して忘れることがなかった


恐怖とともに











ずっと体にかかっていた、断続的な揺れがとまった。


「ここでいい」
「早く」

くるま

車の音だ・・・

「早く、」

父さん?

「うっ・・・うう」

かあさ・・・

「泣くな!早くしろ!!」

両目が開く。
途端に突風とともに雪の粒が頬にあたった。
全身があわ立つ。
寒い。

「早くアンナを捨てろ!!!」




ここはどこ?






















:冬、恐山




















「いやああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「お母さん!!おかあさあああん!!」

腹からありったけの声をふりしぼる。
その口を硬い男の手がふさいだ。
ぐいと強い力でひっぱられる。
呼吸のたびに、口に肺に凍りついた空気が押し込まれるのも、流れ落ちる涙と湧き上がる全身の熱が無視をした。
肌の緊張でさえそれが空気の冷たさのせいか、恐怖のせいであるのかわからなかった。
アンナの知らない男性と父親が、車中にしがみつく彼女の腕と腰を捕らえた。
車から引きずり出されようとする途中で、かろうじて二本の細い腕が必死に愛していた母親の体にすがりついた。

「振り払え!!早く!!」

美しい髪を吹き付ける風に振り乱して、母は娘の顔を正面から見た。
涙に汚れているけれど、自分と良く似た顔立ちをした、小さく華奢なただの子供だった。
短い、いや長い間可愛がって育ててきた一人娘だった。
思わず涙があふれ、わずかに頭を振る。
そして思う。
だめだわこんなところに放り出したら・・・・

「死んじゃうよお!!お母さ・・・・!!」

その言葉に母親は目を見開いた。

「・・・・読んだの?」

かすれた声が、乾いてわなわなと震える唇の端からこぼれた。

「読むなと言ったのに!!あれほど言ったのに・・・!!お前はまた読むのね・・・?!!」

母親はすでに親としての顔などしていなかった。憎しみだけがアンナを覆い尽くした。
アンナはがくがく震えながら首をふった。

「ちがうわ!!聞こえてくるのよ!!」

そして次の思考も容赦なくアンナの頭を穿った。

捨てなければ
ここに
でなければ
化け物よ
こいつは化け物なんだ

凍りついたアンナの腕から力が抜けた。
その隙をついて両手が振りほどかれた。
二人の大人・・一人は彼女と血のつながった父親の腕がアンナの体をかたく捕らえた。
息を吸う。
はきだしたそれも雪の味がした。

「いやあああ!!!」

極寒の中に、細い少女の体はあっと言う間に引きずり出された。

「いゃあああああ!!やだあああああああああ!!」

ドアを開け放ったままの車中に、母親は一人残りその様子を見ていた。全身はがくがくと震えていた。
耳をつんざく娘の悲鳴に前の座席に顔をつっぷして耳をふさいだ。

雪の中に両足が埋もれるのを感じながら父親は抗うアンナの左手を捕らえ、すでに掴んでいた右腕と一緒に握り締めた。
重くなったな
とこの場に似合わない落ち着いた言葉がアンナの脳を通り過ぎた。

「はなしてええ!!!!やあああ」

すると二人の男の手が離れ、はっとしてアンナがそのどちらか―どちらでもいい、腕でも足でもにしがみつこうとした瞬間、どすんと胸の辺りを張り倒されて、白一色の視界がぐるりとまわった。
小さい体が雪に沈んだのを走りながら肩越しに見、父親は運転席に、もう一人の男は助手席に駆け込みためらいなくドアをしめた。
無情に響いた二つの音に、アンナは起き上がって雪に足をとられながら駆け出した。

「早くドアを閉めろ!!」

座席ごしに父親が叫んだ。
先ほどまで泣いていた彼女は、顔をあげて開け放たれたドアから、雪の中をこちらへ走る少女を見ていた。

「助けて!!母さん!!とうさああん!!!」

吹き積もった雪につま先をひっかけてアンナは前につんのめった。
すすり泣きながら上半身を持ち上げる。
どんな声が聞こえようと、愛していた母親が黒い車を額縁のようにしてはまりこんでいるのが見えた。

「かあさん」

今日まで母親と呼ばれた人は、震えながら顔を歪めた。
横目で見つめた少女はただただひ弱に見えた。
涙がいく筋も頬に道を残している。
おそらくその涙の跡まで、今の自分とよく似ているのだろう。
雪が自分と色をわけた細い髪にふきつけて、とどまっているのが見える。


わたしには子供なんていなかったのよ
これはすべて夢・・・!


彼女は、この瞬間まで母親だった人は、寒さに感覚を失う手で思い切りドアを閉めた。

「早くだして!!!」

アンナの頭に、鼓膜に、はっきりとその叫びが響いた。



「いやあああああーーーー!!!」

アンナは再びありったけの力で駆け寄った。
吹雪がその体を打つように取り巻いた。
しかし、黒ぬりの車は冷たい空気に蒸気と雪煙をあげて、吹雪の中に滑り込んだ。






「母さああああん!!!」







張り上げた声が、吹雪の中にあっと言う間に飲み込まれていくのをアンナは見た。
黒い影とライトの色が白い風景に掻き消えるのも見た。
それらが残像になるのも見た。


無駄なことはわかっていた

しかし叫び続けた

何度叫んだか

知れない





知れない





























やがて静まりかえった雪の山に、

少女が独り

歩いていた


小さく歌を口ずさみながら

どこまでも白い雪に、消え入りそうな足跡を並べながら















































「恐山に?」
「ああ、うん」

「何だって、また・・・・」
「知らないよ。でも状況から見て・・・・・何と言うか、捨てられたんじゃないかって」

「ひどい親もいるものね」

「かわいい顔をしているのにね、かわいそうに」



覚醒した視覚にあらゆる色の情報が流れ込んだ。
それらが形をもっていく途中で、そこに人間の顔が割り込んだ。

「あら、目が覚めた?」

おばさん、女のひと。

「もう大丈夫よ」

笑顔・・・・。

「運が良かったわね、あんな雪の中で助かるなんて」

布団が温かい。
またこちらに笑顔をむけて息をつく。

「良かったわ」

(これでもう医者に金をかけなくてすむわ)

「大丈夫?」

無言の少女に向かって。
そしてこちらをじっと見つめる目に、何か今までにない悪寒を感じて。

「・・・・口が?」

のぞきこんだもう一人の人間。
おじさん。太っている人。

「しゃべれない・・・とか?」

「まさか」

(そんなやっかいもんを拾ったなんて)

(いくら顔がかわいくても)


「君、名前は?」







少女はしばらく黙ってからようやく口を開いた。

声など出なければ良いと思いながら。





「アンナ・・・・・・」



その声を聞いて、二人の大人は顔を見合わせ微笑んだ。
笑顔の裏の思考を、目の前の少女が聞いてるとも知らず。

「アンナちゃんね。苗字は?」

そっと細い肩に手をおいて、女が聞いた。

少女は沈黙した。

やがて、もう一度呟いた。

今度は、さっきよりはっきりと。













「アンナ」




































出会い・・・

まだ遠く


























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***



暗くてすまんです。
続きます・・・・



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