あの人に恋をした。
始まりは金木犀の季節
愛を知ったのは梅春の夕
霙が降っていた 私 誰かの忘れた赤い傘を差して
雪を踏む椿より紅色
石段踏みしめる毎に恋慕が募り
鳥居くぐって涙に暮れた
社の軒下 泥の渦
この身を投げて清めるか
この恋は針山
この愛は灼熱
この心は奈落
賽銭箱の向こう側 笑う瞳は神か閻魔か
両の掌を押し合わせ、頭を垂れて一心に拝んだ
どうか叶えて 一つ
嘆願愚かと笑いたくば笑え
どうして、諦める道など 帰る道など
露命をくれ 虚構でいい
言葉をくれ 虚言でいい
せめて、嗚呼せめて、この腹に宿るものがあれば、すがる事もできるのに
「その望み叶えてやろう」
囁きが鼓膜を貫いた。
直後、臍の下を衝撃が殴りつけた。
腹から背中を突き抜ける一撃に息をする事さえ忘れ
激痛に体を二つ折りにし、地に倒れる刹那、
斜めになった石畳に、彼女は小さな影を見た。
後に記憶を反芻し気づいた事だが、 それは子供の影だった。
幼児と呼ぶにも幼すぎる、立つ事を覚えたばかりの赤ん坊。
大きな目に炎を宿らせて こちらに、今し方腹を貫いた小さすぎる食指を
呪詛のように突きつけて
そのかわり育てておくれ
お前の胎の中で
僕の指一つ分の命
彼の目と同じ、鮮血の色をした傘が、無音のまま雪解けの中へ落ちた。
糸
どっかで誰かが泣いてる
ずっと泣き声が聞こえてる
暗闇の中で目を覚ました葉は、声の主を探して、首を巡らせた。
方向を定めると、恐る恐る、一歩目を踏み出した。
すすり泣きとも、嗚咽ともとれる声は、暗闇の彼方から延々と続いている。
泣き声の主に予想はついていたから、葉はゆっくり歩を進めながら、口を開いた。
なあ、そんなに泣くなよ
さみしいのなんかオイラだっていっしょだ
でもなあ がんばってんだぞオイラだって
いやになっちまうこともあるけどよ
いつか、いいことあるかもしれんだろ
いがいと、なんとかなるもんだぞ
だから泣くなよ いま、そこまでいってやるから
けど泣き声は一向に止まらず、だんだん焦ってきて、声がする方に一層足を早めた。
7年は歩いた頃だろうか、ようやくそれが、泣き声でなく、電話の音だと気づいた。
しかも、どうやらこれは青森の家の黒電話の音。
ん?何で青森? (葉。)
と、右から聞き覚えのある声がした。
「・・・アンナ?」
そこに、彼女はいなかった。
代わりに、黒電話の音が相変わらず呼んでいる。
そこでやっと、葉は自分が今、青森にいる事、
書置き一つで実家に帰ってしまった嫁を追いかけてきた事、
あったかいのはこたつで寝てたからだと思い出した。 それに電話だ。
居間の外の廊下で、黒電話がずっと鳴ってる。早くとらねえと。
うーんと唸って、熱にあてられて火照った体をよじって、髪を寝癖で乱したまま、炬燵から這い出た。
あくびをしながら居間の襖を引くと、泣き声はさらに大きくなった。
まったく世話がやけると、どこかまだ夢うつつで足を進めた。
さあ今受話器に手が届くと思った時、木乃の皺の手が、ひょいとそれを持ち上げた。
伸ばした手が宙をかいて、葉は若干拍子抜けした気分で踵を返し、もう一度炬燵へ潜りに行こうとした。
「葉!」
鋭い一喝に、葉は肩越しに祖母を振り向いた。
木乃は受話器を耳に当てたまま、唇を真一文字に結んでいる。
電話口から、相手の早口の声が葉の耳まで漏れ聞こえてくる。
窓の外で強まり始めた風が、ガラスをカタカタと鳴らしていた。
開け放ったままの居間で、振り子時計が9回目の刻を打ち始めた。
電話は、今日、アンナが向かった施設だった。
荷物を残らずそのままにして、アンナは忽然と消えてしまった。
校庭で遊んでいた子供が、俯いて外へ歩いていく彼女を目撃していた。
気がかりはもう一つ。
ある小さな新聞記事が、少女と一緒に、跡形もなく消えていた。
全てを聞いて葉は、上着を掴んで駆け出した。
背中から呼び止める祖母の声は聞かなかった。
北の地は、東京の何倍も凍りつく。
冷気が、頬をちりちりと痛めつける。
恐ろしいのは、このどこかに自分の嫁が、アンナが、一人でいるという不安。
思い返すのは、あの夜の、ふんばりが丘の畦道。
暗闇に浮かぶ後姿を見つけた時の、安堵とそれ以上の、恐怖
駆け寄って覗き込んだ彼女の目は、あまりに虚ろで別人のようだった。
彼女がたった今まで消えていた事実が、嘘でなかったと悟った瞬間、胸に過ぎったのは、恐らくこれが最後にはならないだろうという漠然とした予感だった。
その予感は、今、的中してしまった。
街頭の乏しい、知らない土地を駆け回って名前を呼んだ。
浮遊霊や地縛霊に聞き込み、協力を仰ぎ、自身も走り回った。
彼女がいそうなところは全部探し、でも見つからず、こめかみを冷たい汗が伝う頃、
葉は祈る気持ちで電話ボックスに体を押し込んだ。
安井旅館の電話番号をまわしながら、わずかに、良い報せを期待した。
例えば木乃の、「見つかったよ」という安堵の言葉。
あるいは、もしかしたらアンナが、気の強いあの声で、「何大騒ぎしてるの」とかなんとか、叱咤してくれないかと
だが、現実は期待の全てを打ち砕いた。
緑色の受話器の向こうの木乃の声色だけで、事態が恐ろしく最悪な方向に転がっている事がわかった。
アンナの居場所は、恐山だと。
木乃は片手で、占いに使った数珠を皮膚が白くなるほど握り締めていた。
「葉、アンナを・・・」と呟いて、祖母の声は途切れてしまった。
事態が・・・
一刻を争うとわかったこの時、何故だか、葉は心が静かになるのを感じていた。
電話ボックスの外に、ちらりと雪が舞い落ちた。
今し方降り出したのか、それとももっと前から降っていたのかは、わからない。
また雪だ。
また、・・・・・アンナ
「・・・・・すぐ、連れて帰るから、ばあちゃん先に夕飯食べてていいぞ」
「喉を通るか馬鹿もんが!」
「おお、その元気でいてくれ」
そんなユルい言葉を最後に、木乃の耳元で通話が切れた。
「うし」
葉は短く気合を入れると、雪の舞い落ちる中へ、今度は確信を持って駆け出した。
:郷愁
ぐまくら一号は、濡れた舗装道路を、滑るように走っていった。
エアコンがフル稼働し、ぴっしりと閉め切った車内を暖めている。
「ぐーちゃん、本当にありがとな」
運転席の後姿に、4回目になる台詞を言った。
彼はバッグミラーごしにちらりと同乗者をみやると、口元を綻ばせた。
「お前さん、今回は随分落ち着いてるな」
言われて、『前回の事』を思い起こしてみれば、成程、ぐーちゃんの台詞が理解できた。
大鬼に攫われたアンナを追いかけて、ぐまくら一号の後部座席に座った。
アンナの身が心配で、如何ともしがたい状況がもどかしくて、声を荒げた。5年前。
・・・・けど、今は・・・・
「・・・これでも焦ってんだけどな」
・・・今は、あの頃のように、熱っぽく自分の心を語る相手はいない。
恐山の道程を辿るのにいつも巡る姿はもう、隣にはない。
一人で座るぐまくら一号のシートは、記憶より随分広かった。
あの日、黒い不安の中に輝いていた、「彼」という名の心強さはもうなかった。
だが、今、葉は、あの時とほぼ同じ状況だと言うのに、異様に落ち着いていた。
鎖骨の上で、熊の爪が車の揺れにつられ肌を撫でた。
『なんとかなる』
と思っている。
それは自分を信じる気持ちであり、そして何より、アンナを信じる気持ちだった。
あいつは、そんなに弱くない。
たぶん今も、きっと自分でなんとかしようともがいてる。
もしオイラの力が足りなくても、たぶんこっちまで、いっぱいに手を伸ばしてくれる
あいつはそういうやつだ。
だからオイラはそこまで、死ぬ気でいけばいい。
なんとかなる。
今のオイラと、あいつなら、きっと大丈夫だ。
出来ないことなんてない。
そう思いながら、でも、膝の上の拳はほどけなかった、けれど。
「すまん・・・たぶんこれが最後になるんよ」
口の中で呟いたから、エンジンの音にかき消されたんだろう、ぐーちゃんは答えず、また葉も、返答を欲していなかった。
ともかく、帰り道は、アンナを隣に乗せるのが目標だ。
葉はガラス越しに流れる雪山に視線を投げた。
ぐまくら一号ががくんと揺れて止まったのは、数分後、まだ恐山にいたる雪道の途中だった。
いくらキーを回してもエンジンはかからず、ぐーちゃんが「ファファリじゃ!」と懐かしい台詞を口走る中、葉はコートを着込んで前を閉めた。
「こっから歩くよ。送ってくれてありがとな」
ぐるぐると厚手のマフラーを巻きつけて、葉はドアを押し開けた。
顔を雪つぶてが凪ぎ、冷気が前髪を全部耳の後ろまで吹き付けた。
寒さに猫背になりながら傘をさすと、横で運転席の窓があいた。
ぐーちゃんがひょいと顔を出し、ぐっと親指を立てた。
「今度こそ、待つ人の手を離すんじゃないぞ」
少年は歯を見せて笑った。
「嘘だろ・・・・」
霊場恐山―。昔、大鬼と戦った、菩提寺への入り口。
その仰々しい総門をくぐった時、葉の口を突いて出たのはそんな喘ぎだった。
鬼が、いた。
見える範囲に三匹。小鬼と呼ばれる大きさのもの。
一匹はさくさくと音を立てながらゆっくり歩き、
もう一匹は前の鬼より10mばかり遅れ、二足歩行ができないのか這い蹲りながら同じ方向を目指し、
最後の鬼は、葉のほんの数メートル、右斜め前の雪の上にあぐらをかき、微動だにせずぼけっと空を見上げていた。
いや、もう一匹いた。
今、葉の真横を、散歩する猫のように静かに、背の高い鬼が追い越していった。
光景のあまりの現実味のなさに、葉はぽかんと口をあけ、言葉を失っていた。
鬼は、(あの座ってる一匹を除いては)皆一方向を目指して歩いていく。
アンナの居場所を聞く必要は無さそうだった。
進むしかなかった。
むしろ、昔のようにあの寺の屋根に、大鬼が腰掛けていなかった事を喜ぶべきだ。
ついでに、この鬼の集会の中心で、自分の嫁がどんな状態かも、想像しないでおくに越したことはない。
幸い、今のところ鬼の方は葉に興味がないらしく、また一匹、目の前をぴょんぴょんと横切った。
こちらから刺激をしなければ、危害を加えてはこないだろう。たぶん。
葉は鬼とできるだけ距離をとりつつ、恐山の奥へと踏み出した。
と、五歩目を踏んだ瞬間、横で、ぼーっと座ってた鬼がびょんと飛び上がった。
ふと、足元を見下ろすと、蜥蜴のような真っ黒い尻尾が靴の下にあった。
尻尾は鬼の尻から生えている。
「うお、すまん!」
ギョッとして靴を持ち上げると、尻尾の上に靴底型に雪が残っているのが見えた。
鬼は怒りだか痛みだかに打ち震えている。
といっても顔の表情があるわけではないので、体のぶれがそれであったと判断するほかない。
葉の脳が早々に逃避をし、(へ〜尻尾のあるやつもいるんだなあ)とのん気な事を考えていると、鬼は頭をぐるんとひねって葉を睨みつけ、キェーッと雄たけびをあげて襲い掛かってきた。
「すまんっていったのに!!」
葉は全速力で逃げ出した。
逆上した尻尾付きの鬼に便乗するように、何匹かの鬼が四方から集まり追いかけてきた。
わけもわからずはしゃぎながら付いて来る奴までいる。
葉は、ひえーと叫びながら、鬼の一団を引き連れて、一心不乱に雪の中を駆け抜けた。
「くっそ・・・・!なんだってこんな事に・・・・!」
一度振り向いて持っていた傘を投げつけたが、鬼はありし日の小鬼ストライクのように、バシッとそれを殴りとばした。
半泣きで走りにくい雪道を全力疾走しながら、葉は歯を食いしばった。
遊んでるひまはねえんだ、とにかく、一刻も早く、今は――!
ありったけの声で、叫んだ。
「っ・・・・・・アンナあぁ!!!!」
声は吹雪の中へ、びゅうと渦巻いて飲み込まれていった。
:沼
(化け物・・・)
(ばけもの)
(人間じゃない)
(この妖怪)
(おばけ)
(幽霊)
(悪魔)
(鬼)
人はこぞって少女をそう呼んだ。
「言葉には言霊がある」
降り注いだ言葉は少女を取り巻き染み込んで、やがて拭えなくなった。
こびりついた言霊が体を成し、彼女が鬼そのものになっていくのを、誰も止められなかった。
やがて、嘆きは呪いに、愛は怨みに変わって悲劇を招く。
(化け物・・・)
暗闇に横たわるアンナの目尻から耳へ、つっと涙が伝い落ちた。
鉤爪の指が、その雫を拭いた。
頭を預ける膝の主が、誰と知らない骸であることには、とうに気付いていたけれど
(そうだ彼女が連れていってくれるなど、都合の良い話があるわけない)
もう、アンナには、どうでも良かった。
鬼の囁きは続く。
もう諦めなさい 人の世を見限りなさい
どうせ現世に、お前の平穏はない (お前が、お前だけが鬼)
皆が知っている お前が母親を■した事 この雪の上で、非情に命を奪った事
お前は人■しの鬼 (親を喰った)
さあ罪を償って羽虫のように惨めに逝け
「―ナ」
(人殺し)
未練などないだろう?
お前を苦しめ続けた救いようのない現世など
もう全部忘れて寝てしまえ (化け物)
楽になる もう苦しまなくていい 何も聞かなくていい
誰の心も、非難も侮蔑も嘲笑も
(鬼)
お前の望むように 今耳を塞いでやろう
鬼の鋭い爪が、頭上高く振り上げられ、ひゅうと鳴る。
「アンナ!」
だが、爪が風を切り、耳を貫く刹那、アンナの白い手が、それを払いのけた。
「それじゃ、・・・葉の・・・・声が・・・・・聞こえないわ・・・・・」
長い睫が揺れ、ゆっくりと瞼があがる。
滲んだ目が、次第に像を結び始めると、アンナは自分を見下ろす鬼が女性の形をしている事を知った。
胸が引き裂かれるように痛む。
でも、アンナは精一杯彼女を睨みつけた。
「葉は・・・あたしを見捨てたりしない・・・・のよ」
それは、確信であり、事実だった。
「バカだから・・・絶対、私が誰でも一緒にいてくれる・・・・・・嫌だって、言ってもしつこいから」
(人殺しのお前に?思い上がりも甚だしい)
ぐっと女の顔が近づく。その顔は歪み、黒い闇に覆い隠されていく。
口は裂け、牙が突き出す。
みるみる、美しい顔が崩れ落ち、ただの鬼になっていく。
アンナは詰まる胸を片手で強く握り締めた。
「嘘じゃない、あいつはずっと、ずっとそうだった・・・・だから!」
涙が溢れれば、ぼやけた視界が虚構を覆い隠し、彼女の顔を見なくてすんだ。
唇がわなないて、言葉が漏れ出す。
「あたしは・・・!こんなところで死ねない・・・・・死ぬもんか・・・・今投げ捨てる命なら、五年前に死ぬべきだった・・・・・!」
強く押し出す台詞は、涙に噎せいで裏返る。
「葉、大切なものを奪う前に!この命は、もうあんたのでもあたしのでもない!葉のためにあるのよ・・・・、そのために使う、あんたなんかにやらない!!」
背景の暗闇がボロボロと剥がれて行く。
甦る現実の隙間から、雪のかけらが全身に吹き付けた。
「あたしは、帰る・・・・帰るのよ!!帰る!帰る・・・・!帰る・・・!!消えて!!!消えてっ!!!!」
冷たい雪に突っ伏して、声の限り叫んだ。
どのくらい経ったのか。
再び顔をあげた時、女の鬼の姿は消えていた。
髪から、パラリと雪片が落ちた。
闇で閉鎖された雪原の上、一人座り込んでいることに気づく。
無数の鬼の気配と、輝く目だけが、彼女を遠巻きに観察していた。
アンナは、ふっと肩の力をぬいた。
息を白く残しながら、空を仰ぐと、闇から埃のように、ぼたん雪が降り注いでいた。
まるで、全ては、綿ぼこりが覆い隠すような、過去の出来事と揶揄するように。
(人殺し)
もう一度、闇から舞い落ちた真実。
二度と落ちる事のない、きっと一生付きまとう、背中に乗る重い闇。
それでも・・・・・・
全部赦してくれるかもしれない
葉なら
償い方を示してくれるかもしれない
一緒に、歩いてくれるかもしれない・・・・・・
こんな状況だと言うのに、今にも凍えそうな氷に取り巻かれているのに、アンナは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、微笑んだ。
「あたしも・・・・未練がましいわね」
死ねない・・・・いや、違う。 まだ死にたくない。
柔らかい積雪に腕を突っ張り、地に足をふんばって、立ち上がった。
少し、目眩がしたが、持ちなおすのはすぐだった。
帰らなきゃ・・・・・
寒さに、奥歯が小刻みに鳴っている。
すでに風邪は決定事項だった。
久々に、木乃の梅干し入りのお粥が食べれそうだ。
大丈夫だ。問題ない。
自力で帰ってやる。乗り越えてやる。
昔のように助けを待つだけの、弱い自分ではない。
一歩目を踏み出すと、雪に足首まで埋まった。
氷の粒が額に当たって痛い。
行くべき方向は、どっちだろう?
風景は、無慈悲なほどに雪一色だった。
否、ところどころに、鬼が立ち止まって、まがまがしい力のおこぼれを貰おうとアンナの様子を伺っている。
悪趣味な光景だ。
一睨みすると、鬼は気まずそうに背を向けた。
さっさと帰ろうにも方向がわからず、アンナは真っ白い息を吐きながら、手近にいた鬼に向かい、ざくざく雪を踏み進んだ。
「ちょっとあんた!町はどっちよ!」
一喝された鬼はびくっとして、それから隣の鬼と顔を見合わせた。
二匹の鬼が別の方向を指差したので、アンナは苛立って二匹を蹴りとばした。
と、その時
「こっちよ」
鈴を鳴らすような声が響いた。
振り返ったアンナの目に映ったのは、少女だった。
金髪の間から、大きな瞳が、アンナをじっと見つめている。
少女は、薄手の浴衣一枚という、およそ雪に似合わないいでたちで、そこにいた。
足袋が直に雪を踏んでいる。
アンナは突然のことに、しばらくぽかんとして彼女を見下ろしていた。
全く、見覚えのない子供だった。
返事をしないアンナに焦れたように、白い手が袖を引く。
「こっちよ。連れていってあげるわ」
手首を掴んだ指は、雪を掴んだように凍り付いていた。
「え、・・・・ちょっと・・・・なに」
強制的にひっぱられ、アンナは少女に連れられ歩き出した。
乱れた歩調は、やがて綺麗に整って、4本の足は一定のリズムを刻み始めた。
・・・・・・助かった。
半歩前を行く少女の頭を見ながら、アンナはほっと息をついた。
誰だか知らないが、連れて行ってくれるという。ラッキーだわ。
こんな最悪の状況でも、運のいい事はあるものだ。
不安は微塵もなかった。
不思議と・・・・・アンナは、この少女が、自分の『味方』であると確信していた。
何故だろう。確信していたのだ。
二人の背は、雪のすだれの中に消えていった。
随分、歩いた、と思う。
すでに服が吹き付ける雪に真っ白になっている。
コートは、施設に置いて来てしまった。
景色は一向に変わらない。
それどころか、どんどん雪の粒が大きくなっていくようで、アンナは身を縮こまらせて、歩を進めた。
そんな風にアンナの方は歯の根が合わないのに、少女はほんの少しも震えていない。
霊だから、と言ったらそれまでだが、徐々に雪にまみれるアンナと、たった一かけらも雪に触れていない少女の対比が、それは異様な光景をつくりだしていた。
アンナは隣の彼女を盗み見る。
歳は5つか6つか・・・・・それぐらいに見える。
随分痩せているので、本当はもう少し上なのかもしれないが。
俯き加減で歩いているので、彼女の顔は良く見えない。
・・・・人間霊だ。
イタコとして生き、あまたの霊を目の当たりにしてきたアンナの直感が、容易く告げていた。
恐山で命を落としたのか、それとも、別の場所から流れてきたのか。
ようやく、アンナの胸に一抹の黒い影が過ぎった。
正体のわからない黒い影。
彼女は自分の味方に違いない。 これだけは間違いない。
だけど・・・・どこか不安なのは・・・・・
そう、いつになったら、着くのか?そうだ、それが不安の全て。
「遠いのね」
少女は答えない。
アンナは寒さに唇を噛んでから、もう一度問いかけた。
「ねえ、あんた・・・」
少女が顔を上げ、僅かな雪明かりの中で、二人は顔を見合わせた。
あら・・・・・?
彼女を正面からまじまじと見て、気づく。
どこかで見た顔かもしれない。思い出せないけれど・・・・
白い肌に金色の髪の彼女は、あまりに儚げで、今にも背景の雪に溶けてしまいそうだ。
貫く、大きな瞳の鋭さを除けば・・・・・
「あんた、どこから来たのよ?どうして・・・・あたしを」
「覚えてないの?」
少女の澄み切った目に、ある感情の色が浮かんでいた。
それは、冷ややかな怒りだった。
「あんただけが、いつも忘れていくのね」
「何を・・・・」
「全部忘れて・・・・あんただけ楽になって・・・・・あいつに助けてもらう」
繋ぐ小さな手が指先をきつく締め付け、アンナは顔をしかめた。
「なっ・・・・何の話よ」
「あの夕方の事よ!!」
少女の叫びと同時に、バシッと脳裏にフラッシュバック。
夕方の炎。畳に落ちるカッターナイフ。抱きしめられた胸は葉。
少女は呻くように、言葉を続ける。
「あいつ・・・・!いつもあたしを見張ってた。いつも邪魔された・・・・!あたしが、何度あんたを連れて行こうとしても・・・・・いつも、いつも・・・っ!!」
フラッシュバック。畦道、足の下の土。肩を引いた熱いごつごつした手。
「まさか・・・・あんたは・・・・・」
そんな・・・、とアンナが打ち消すように頭を振ると、彼女と同じ色の髪が雪を払った。
「あの時、歩いていたのは・・・・・・」
「そうよ!!!」
少女の叫びが耳をつんざく。
「ずっとあたしだけが苦しみ続けてた・・・・!!あいつさえいなければ・・・」
ひやりと、少女の目がアンナを見据えた。
「死ねたのに」
その台詞が、どこから発されたものか知る前に
「・・・・え」
先ほどまで固く握られていた手が、振りほどかれているのに気づいた。
離れた感触を視認する為に、手元に落ちた視線が、少女の手に握られたものを見つけた。
カッターだった。
黄色い胴体に、鈍い色の刃。
あの日、畳の上に転がっていたカッターだ。
自分の心より遥かに、彼の心をえぐる事になったあの―――――
と、指に何か、伝い落ちた。
中指の先に真っ赤な果実が艶めいたと思った次、血がぽたりと、雪に円を描いた。
手首の内側に一本の赤い線が伸びている。みるみる太さを増していく。
「・・・・・あ・・・っ、」
「死にたがってたくせに・・・」
アンナが乾いた悲鳴を上げた時、傍らの少女が、今よりほんの少し高い声で呟いた。
「私を何度も・・・、何度も・・・何度も何度も何度も何度も切ったくせに!!」
ああ、これは私だ。 雪の中に置き去りにした、忘却の彼方に閉じ込めた私だ。
過去を全て押し付けて、突き飛ばした私
手首を握り絞めた指の間から、一気に血潮が流れ出した。
憎しみの目を突きつけて、少女はもう一度、刃物を振り上げた。
「あんただけ逃げるなんて許さない!!!!」
:回路
鬼の集団から逃げて逃げて、何とか距離を稼いだ時、丁度良く地蔵を見つけた。
葉は素早く背後に体を滑り込ませ、息を潜めた。
地蔵は僅かに傾いていたけれど、上手く縮こまれば、なんとか全身を隠すことが出来た。
後は、鬼が自分を見つける事無く行ってしまうように、一心に拝むだけ。
かくしてその願いは通じ、鬼達は雪の上の足跡に目もくれず、あっけなく、一匹残らず彼方に向かって駆けていった。
最後の一匹が行ってしまってから、しばらくして、葉は恐る恐る地蔵の肩から顔を出した。
周囲の安全を今一度確認してから、ようやく長いため息をついた。
無駄に時間をロスしてしまったけれど、悔やんでいるヒマはない。アンナを見つけないと。
浮遊霊でもとっ捕まえて、情報を・・・・
と、雪に足をとられて、派手に転んだ。
立ち上がろうとした足元が滑ってまたよろけた。
その時ようやく気づいた―――、地蔵の裏手は、つまり葉が今まで蹲っていたあたりのすぐ後ろは、数メートルの小さな崖になっていた。
今その崖に、葉は片足と、体重のほとんどを持ってかれていた。
足場を失った葉は、斜面を真っ逆さまに転げ落ちた。
回転する世界を止める術もなく、雪の中に、岩の影がいくつも見え、やばい、と思った瞬間、
ガツンと脳髄に音が響いて、それきり真っ暗になった。
はっ、と息を吸い込んで飛び起きた。
頭痛がするのは、先ほど強打したからに違いない。
ともあれ目が覚めて良かった・・・・・というわけには、いかなかった。
周りの風景が一変していたからだ。
辺りは、また暗闇に包まれていた。
覚えのある、この濃くまとわりつく闇は、黄泉の穴のそれに酷似していた。
自分の体さえ、見えない暗闇。
葉は杖を落とした盲人のように、伸ばした手で周りの地面を撫でた。
雪じゃない。土だ。自分はどこに来てしまったんだ?
少し経つと、目が慣れ、ぼんやりと自分の掌が見えてきた。
この辺は現実と同じかと思っていた時、後方で気配を感じた。
何かの呼吸・・・・・・・
今、葉の真後ろに、ぴったりと張り付くようにして、鬼が立っていた。
鬼は葉より小さい身の丈で、影の主が振り向いたのに反応し、葉の顔をまじまじと見上げた。
うわっと悲鳴をあげ、飛びのく。
少し離れた闇に佇む鬼は、一気に距離をつめ飛び掛ってきた。
またかよおおおと情けない悲鳴をあげて、とりあえず葉は鬼と逆方向に漆黒の中を走り出した。
くそっ・・・・・!だから、こんな事してる場合じゃねえってのに・・・・!
なんなんよ、ここはどこだ
踵が砂を蹴り上げる。
どこだ?わからない、見当もつかない。
こう暗くっちゃわかるはずない―――
しかも、また追っかけられてるしよ・・・・!
オイラが何したってんだよ、
・・・・・って・・・・・・そうだよな?
唐突に、脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
何でオイラが鬼に追っかけられるんだ?
鬼は生きてる人間が疎ましいから?
だから見えるオイラに・・・・・いや、そんなんじゃねえだろ
おかしくねえか
(おかしい?何が?)
おかしいんよ、だって・・・
・・・・・だって、鬼はオイラの方じゃねえのか?
そう考えた瞬間、暗闇で自分の目がぎらっと光った気がした。
そうだ、鬼の子はオイラだ
昔っからそうだったろ
闇を切る片手で、鉤爪が鈍く光る。
鬼?誰の手が?
砂を踏む足も、見ればいつの間にか靴は消え、汚れきった骨ばかりの、痩せた鬼の足に変わっていた。
今や、葉は一匹の鬼になって、暗闇を跳ねるよう走っていた。
鬼はオイラ、オイラだ。
じゃあ・・・・そんなら、オイラを追いかけてるこれはなんだ?
駆けながら頭をめぐらせると、瞳に一瞬映ったのは、葉という鬼を追いかけ囃し立てる、たくさんの人間の姿だった。
ぞっと、心臓が冷たく凍りついた。
逃げなければ。 捕まったら殺される。
だってオイラは鬼だから。 人間と違うんだから
どうしちまったんだ、オイラは
オイラはどこへ向かってる?
こんな事考えてる場合じゃねえのに、 (
――ああああ―――)
だって、ほら、また誰か泣いてる (あああ――わ
ああ―――)
『アンナ』
そうだ、アンナが泣いてんだ
だから早く行かねえと 今も泣いて・・・・ (――――ああ―――A
―――)
(A―――
―A――――)
いや・・・・・これは泣き声じゃないし、 (―――
―)
泣いてるのは、「オイラだ・・・・」
気づくと、幾筋も涙の川が頬を濡らし、顎まで伝い落ちていた。何だこれ。
「ぅあ・・・・」
何一つ理解できないまま、葉は骨の手を持ち上げ、涙を拭った。
追いかけてくるものが人だと知った瞬間、葉の胸を覆い尽くしたのは、鬼に感じた比ではない、恐怖だった。
何故こんなに苦しくなるのかわからない。
でも、怖い。人が怖い。
(鬼の子!)
ひゅっと、何かが風を切った音。
ごっ、と鈍い音がして、頭が横に凪がれた。
衝撃によろめいて、歩調が乱れる。
(鬼の子!) (鬼!) (狐の子!)
その隙をついて距離を縮める人間達は、葉に絶え間ない罵声を浴びせる。
こめかみから、熱いものが伝い落ちた。
激痛にたまらず足を止めた時、またガツンと、わき腹に石の感触。
痛みに歯を食いしばり、葉はついに膝を折って、その場に蹲った。
わき腹の痛みが、熱い残響を広げていく。
(鬼の子!!)
(鬼!角見せろよ!)
(麻倉って変なもん見えるんだって!)
(鬼の子!!!!)
(今日は壁とお話しないの?)
(いじめると鬼が仕返しにくるぞ!)笑い声
(鬼の子!狐の子!!)
頭を守ろうとした腕の側面に、また鈍痛。
衝撃は腕の下の額を、乱暴に地面に擦り付けた。
顔を覆う指の間から、葉の周りを取り囲む、無数の足が見える。
その足の一つが、背中を蹴り飛ばした。
そうだ・・・
オイラは鬼だったな
産まれた時から
産まれる前から・・・・・
人の振りしていつの間に、
溶け込んでいたんだろう
誤魔化していたんだろう
もう、戻らねえと・・・・ あいつと同じ場所に・・・・
目を閉じれば、さらに深くぬるい漆黒が取り囲む。
自分が闇に溶け込んでいくのと比例して、罵声はゆっくりと、遠くなった
コン、と肩に小石。
コートの中で、熊の爪が揺れた。
(鬼!)(狐の子)(――さん。)(お前の母ちゃん、狐なんだろ)( 鬼の子、尻尾見せ)(角見せろよ)(葉さん)(鬼!!)(鬼の子)(鬼の子)(鬼)(葉さん)
(葉さん)
聞き覚えのある声に、葉は、ゆるりと目を開いた。
(葉さん。それは違う)
指の隙間から見える人間の足の中に、一つだけ下駄の足が見えた。
もう少し指の股を広げると、袴と、縞の尻尾が、見えた。
彼が、穏やかに、囁く。
あなたが彼女に思う事
今は私が言いましょう
あなたはあなたです 正体なんかない
葉は顎を上げて、頭を覆っていた手を下ろした。
ぼやけた視界の先に、彼は立っていた。
彼は金糸のような髭を揺らすと、キセルを口から外して、続けた。
あなたは、あなただ
十余年苦しみながらもがきながら必死に生きてきたあなた
誰にも代われない日常の積み重ねが
あなたが結んだ数々の絆が
今のあなたを作っている
過去も今も、未来も
彼女を救えるのは葉さん あなた一人だけですよ
「マタムネ・・・・・・・・・」
つ、と、鬼の目から涙が下る。
「オイラが鬼でも」
鬼だからこそ
「救えるのか・・・・」
それはあなた次第
あなたが紡いだ想いの絆
蜘蛛の糸のように細くとも
あなたが引けば、たった一人を、引き上げることはきっと出来る
さあ行きなさい 葉さん
「マタムネ・・・・・!」
叫んで伸ばした手は、空をかいた。
彼のいた辺りの空気を抱いて、葉は嗚咽を洩らして、泣いた。
キセルの煙の匂いが、ほのかに残っていた。
やがて、人間の罵声が戻ってくる。
取り巻き呑み込もうとする暗闇に、葉は、きつく拳を握った。
「鬼ならなんだよ!!!」
顎に伝うものが、血か涙かはわからない。
「鬼でも、行かなきゃならんだろ・・・・!!」
オイラは急いでんだ・・・・と付け足して、踵を返した。
その時、耳に、また例の・・・・泣き声のような音が聞こえた。
聴覚だけを頼りに首をめぐらせると、彼方に、夜空の星のような、たった一つの光を見つけた。
・・・アンナ。
思い出した名前に、懐郷の念が湧き上がった。
この涙の意味が、心に暗い影を落とすものの正体が、ようやくわかった。
・・・・孤独だ。
再び歩き出す。
わき腹が痛んだけど、足を運ぶスピードは上がっていった。
現実どころか夢の中まで、今日は走ってばかりだと、日頃の修行とアンナに感謝する。
再会したら、ちゃんと伝えねえと。
いつもありがとなって。照れくさいけど。
何かを失いかけた時、どれだけそれが大事なものだったか身に染みる。
例えば、アンナ。例えば・・・・マタムネ。
それでも、五年前、泣きながら選択した天秤を悔やむ事だけは決してない。
だから今も、足を引きずっても進むんだろう。
考えながら、闇を拓き駆けた。
目指す光は少しずつ大きくなる。
爪ほどの大きさになった時、光の正体が戸だと認識した。
泣き声も比例して大きくなる。
間違いなく、アンナはそこにいる。
引き戸の前には、遮るように一匹の子鬼が立っていた。
邪魔だ、どいてくれ、
腕を伸ばして手掛けを掴んだ瞬間、肩にぶつかった鬼は、派手にひっくり返った。
「すまん、」
謝罪もそこそこに、勢い良く戸を引いた。
「アンナ・・・・!!!」
戸の向こうの空間から、光があふれ出す。
眩しい。
目を細めると睫の涙が、視界を滲ませた。
熊の爪の下の、温かな胸の内で、マタムネがとがった耳を揺らして微笑んだ。
行きなさい 葉さん
彼女の為に
あなたの為に
大切な想いの為に
何があってもあの娘を救い出すのです
「アンナ!!!」
今一度
悲しくとも 悲しくとも
光を振り払うように、駆け込んだそこは、
見慣れた、夕日の射す、安井旅館の玄関だった。
「あ・・・・・・・・」
「・・・・・・・そうだったんか」
意識を・・・・ 失っていたのかしら
どれぐらいぶりにか開いた瞳には、相変わらず雪面しか見えなかった。
顔が半分、雪の中で、凍っているんだか燃えているのか、もう判断しようもない。
体が起きようとしない・・・・・、今、夢を見ていた・・・・あたしは・・・家に・・・・・炎にいて
アンナの体は横倒しに雪に倒れたままだった。
ふわりと、まるで慈しむように、新しい粉雪が暗闇から次々と産まれ、体の上に着地する。
投げ出した左手の周りだけ、赤い色が雪に小さな泉を描いていた。
幼いアンナは、左手をもう一度切りつけると、(それはほんの小さな傷だった)しばらく呻くアンナの様子を見下ろしていたが、ついに膝を折り、うずくまって泣きじゃくりはじめた。
そしてやがて、雪に溶けるように忽然と消えてしまった。
「さ・・・・・寒・・・・・・」
口に出してようやく、目の前に浮かぶ白い息に気づいた。
凍えている。意識が、また遠のきそうだ。
まずい。ここで、手放したら、二度と戻らないかも、しれない。怖い。
人はどれぐらい、雪に埋まって生きられるのか?
何とか体を持ち上げようとするが、ほんの僅かにもがくことしかできなかった。
葉。木乃。
じわと、感覚をなくした左手の下、血が雪に染みていく。
どうにか、手段を考えよう。
葉や、木乃に、見つけてもらえば、・・・・・・いい
そうだ、霊を呼んで、木乃に・・・・それで・・・・・・・帰るのよ・・・・・
自分の意思に逆らって瞼が落ちていく。
さくりと、音がしたのはその時だった。
何かの足音。
視界の端にちらっと何か、骨と皮の足を見た。
細い足が、雪を踏み、少しだけ蹴り上げて、そしてまた踏む。
・・・・・・鬼?
ぼやけた頭が、夢うつつに認識した。
鬼自体は、さして珍しくない。
アンナの絶望と巫力が、いたずらに辺りの鬼をかき集め、また自ら生み出していたからだ。
が、それはさっきまでの話。
アンナが「消えて」と叫んでから、鬼の姿は徐々に減り、手首を切られた頃には、見える範囲には、もう一匹も残っていなかった。
いつの間に近くにいたんだろう、その、今やたった一匹となった鬼は、アンナの視界の範囲外をしばらくさくさくと歩き、不意に気づくと、目の前の雪面に座っていた。
二人の間に、煙る粉雪が、視界を白く遮っている。
次の瞬きの後、鬼は、顔のほんの数センチの距離に肉薄していた。
息を飲んだ一瞬、鬼の無機質な茶色い瞳の中に、アンナは自分の姿を見つけた。
映りこんだ自分の顔、私の瞳に鬼がいた。またその鬼の目にも私、その目にも鬼・・・・・・鬼?鬼じゃない、・・・人?人だ、誰だろう、見えない小さい、目をこらす。人間?大人?もう少しで見える。・・・・・・・・・誰?
鬼の瞳に映った小さい像に目を凝らすうち、アンナの体は、どんどん小さく、小さく、戻って行った。
やがて雪は止み、枯れ木の葉は色付き、瑞々しく輝き若葉へ花へ再び雪をうけ時間は渦巻くように逆行していった。
全ての始まりまで
それは遠い過去のことだった。
アンナが産まれる前のこと
いくつも前の冬、霙の降る季節のこと
そうしてアンナは、螺旋の回廊に落ちていった。
:指先
(・・・・・・・あ)
誰かが泣いている
どこか近く どこよりも近く どうか叶えて一つ
(・・・・おぎゃあおぎゃあおぎゃあ) 懇願は羅刹
誰かの赤ん坊が泣いている 哀訴は夜叉
覚えているのは雪に落ちる赤い傘 渇望は修羅
(おぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあおぎゃあ)
血色の瞳
最後に聞いた言葉
「その願い叶えてやろう」
あたしの願いは。
「あの人の子が欲しい!!!」
目を開けたら、知らない天井が見えた。
窓の外は青空だ。
いつの間にか霙は止んでいる。
私は、ベッドの上にいた。
・・・・・ここは?家じゃない。
殺風景な、・・・・・・病室、だろうか。
聴覚を支配するのは、赤ん坊の泣き声。
腹に鈍痛。殴られた腹。突き通された、胎
誰かが見下ろしている。
ああ、知っている、私の一番愛しい人
彼は満面の笑みを浮かべ、しきりに何かをしゃべりながら、私の頭を何度も撫でた。
何を言っているんだろう。涙さえ、浮かべて。
赤ん坊の声がうるさくて、声が聞こえない、のだ
不意に彼は胸に抱えていたものを突き出して、耳元に唇を寄せた。
「女の子だったよ」
霙の日から、半年後、私は目覚めた。
あの人は子供を欲しがっていた。
あの人の家が、親が、子供を欲しがっていた。
産まない女に用はないと、何度責められたかわからない
しかし、恵まれなかった。
否、最初から出来るはずなかったのだ。万に一つも。
私だけが知っていた。
なのに、ある日現れた兆候に、私は浮き足だった。
念願叶ったと思った、彼にも伝えた。 夢のようだった。
医者の口から、上手く膨らんだ腹の中身が、空洞だと告げられるまでは。
その日――昼過ぎから降っていた雨が、霙に変わった。
赤い傘を差して俯いて歩いた。
足は行くべき場所を知っていた。 涙は止まらない。
登る石段はぼやけて、頬は靴の下の染み雪より濡れていた。
そして踏み込む。
鳥居の向こうに鬼がいるとも知らず
忘れよう。 授かったんだ。
『そして、私は、境内で心臓発作を起こし、生死の淵を彷徨った。』
『半年の間、意識は戻らなかったが、奇跡的に、腹にいた子は無事に育ち、取り上げられた。』
そう、これが全てだ。 願いが通じたのだ。
布団の上で、楽しげに一人娘が笑いだした。
風に揺れるカーテンが、彼女の頭上を横切っていた。
腕を伸ばし、窓を閉めると、カーテンはもとの位置におさまった。
赤ん坊を胸に抱き上げ、顔を覗き込めば、白い肌のこの子は、また、楽しげに笑った。
表情を崩して、短い歌であやした。
泣かない子だった。良く笑う子だった。
窓の外は・・・夏で。
蝉が元気に鳴いている。
時折入る風は、清清しく、青い香りを連れて来る。
わが子の頬をくすぐる。白い肌は絹のよう。 唇は珊瑚のようだ。
指で触れると笑う様が、あんまり可愛らしくて、柔らかい額に唇をつけた。
彼女の薄い色の髪の毛が揺れているのを見て、ふと顔を上げた。
そこの窓から、温かい残暑の風が吹いている。
しばらく見つめてから、閉めに行った。
ようやく授かった、私と、あの人の子。
奇跡のように、産まれ落ちた女の子 「奇跡」
どんな事があっても守っていこう
自分の命はこの子の為に使おう
そう誓った
この子の未来は、窓の外の日の光のように、眩く輝いている。
子供の名前はアンナにした。
この時すでに、崩壊は目の前にうずくまっていたけれど。
言葉が形を成した数日後、最初に母親が、異変に気付いた。
アンナが、知らないはずの事を知っている。
到底知り得ない単語を話す。
やがて言葉は残らず核心をつき
ついに会話をするように、こっちの思考に返事をしているのに気付いたのは、3つになった秋だった。
無邪気な顔をして。
何故こちらが驚くのか、それだけを不思議そうに。
見上げる澄んだ目が脳まで見透かしていた。
この子は、何?
あたしは、何を産んでしまったのだ?
すると耳の後ろで笑い声がした。
「馬鹿だね。お前の腹から人の子が産まれると、本当に思っていたのかい?」
少年の長い髪が、首筋に絡みつく。
血色の瞳が哀れむように見つめている。
ひたと。小さな手が、腹を突いた。
「約束したね。育てると」
静かな、重量をもった、それでいてひどく幼い声が、耳の奥に潜む。
「5つになったら迎えにくるよ」
大きく息を吸って、飛び起きる。
今のは夢・・・・・?
今まで突っ伏していた座卓の上で、まだ拳が震えている。
全身は冷たい汗にびっしょりと濡れていた。
肩を抱いて、呼吸を落ちつけた。
つけっ放しだったテレビが、呑気なワイドショーを流している。
襖の向こうでは、アンナが一人遊びでもしているらしく、楽しげな声が漏れ聞こえてきた。
無邪気なものだ。
彼女の幼い笑い声を聞くたび思う。何もかも夢ではないのかと。不思議な力なんて・・・・
『アンナ』 ・・・・・・『育てる』?
脳裏に蘇る、少年の、真っ赤な瞳。
震えを押さえ込むように、両手で逆の二の腕を掴んだ。
夢だ。ただの夢だ。何を恐れて・・・・
また、わが子の鈴のような笑い声。
「ええ、またね」
襖の向こう、アンナはにっこりとして、手を振った。
やがて、私は、・・・・ふら、と、立ち上がり、畳を踏み、襖を開け放った。
音につられ、アンナがこちらを見上げた。
四角く囲われた部屋には、幼い娘が一人きり、散乱する玩具の中に座っていた。
アンナの前に、玩具の避けてある空間があった。
その大きさと来たら―――丁度――まるで、子供一人でも、座っていたかのような・・・・・
「アンナ・・・・・・今・・・・誰かいたの」
嗄れた喉で、言葉を紡ぐ。
「おとこのこよ」
アンナは微笑んで答えた。
「どんな子?」
「しらない子、かみがながいの」
娘の目に、蒼白になった自分の顔が映っている。
「また来るっていってた」
向き合う親子の横で、開け放たれた窓から入る風に、カーテンが大きく揺れた。
最近、夢見が悪い。
自分の叫び声で目が覚める。
夢はいつも同じ。
烈火の夢。
世界が地獄と化していた。煉獄。 全身を凪ぐ炎の熱さと逃げまどう人々の悲鳴
高台から、燃え盛る大地を見下ろしているのは、長い黒髪をした少年。
この惨状を引き起こしたのは、彼に違いない。
良く出来た芸術作品を見つめるような、満足した笑みで地獄を見下ろしているから。
彼は一人ではなかった。 何人かの仲間を従え――――
そして、最も近くに、傍らに、少女を一人連れていた。
あどけない顔の、少女。幼い日の面影を残して。
真っ白い肌に、金色の髪に、無表情な目に、燃え盛る炎を写して
鎖で繋がられるように、彼に手を引かれ
決まって最後に、少年は少女の耳にそっと唇を寄せる。
「待っといで」
「5つになったら迎えに行くよ」
どの夢でも どの夢でも どの夢でも・・・・・・・!!
最近、窓が開いている。
目を離した隙に、いつもいつもカーテンが揺れている。
私が部屋に入れば、アンナが駆け寄り、興奮した面持ちで私の足に抱きつく。
「おともだちができたわ」
「今日はいっしょにあやとりしたの」
「あしたはゴムとびをいっしょにしようって」「あのこ絵がうまいのよ」「なんでもしってるの」「おはなしおもしろいのよ」「あのこ、あたしをすきだって」「いつかおよめさんにしてくれるって」「たのしいのよ、かあさんもいっしょにあそびましょ」「かあさん」「あしたもくるって」
「母さん・・・・・・しってる子なの?」
崩れ落ちるようにその場に膝をつき、驚いてひるむアンナの頭を抱きしめた。
連れて行く気だ、奪う気だ、あの鬼・・・・!
連れて行かれてしまう
やっと、やっと産まれたあたしの子なのに
させるものか
アンナの体を押し戻し、じっと顔を見つめた。
「もう、あの子と遊んじゃだめよ」
私の青い顔を見てか、それとも、殺伐とした心理を見てか、アンナは唇を結んで、大きな目を瞬いた。
「母さん、またおひっこしするの?」
そうよ、と答える必要はなかった。
荷物はあらかた新居に送って、あとは細々した手荷物と、自分達の身一つを移動させるだけだった。
片手に重い鞄を抱え、片手でアンナの手を引き、線路沿いの道を歩いた。
隣のアンナは、少ない自分の荷物を背負って、枯葉を踏んだり、電線の流れを追ったりしながら、足早に母親の歩調を追いかけていた。
新居の窓が開いたのは、その3日後だった。
何度 住まいを変えても
何度 アンナの手を引いて歩いても
結果は同じだった。
その頃には、アンナは彼と遊んだことを口に出さなくなっていた。
それでも、アンナが彼に惹かれているのは明らかだった・・・いや、「惹かれる」とは御幣だ。
まるで「そこへ戻るように」
二つに別れたものが自然と一つへ還るように、アンナの存在は、彼の方へ絶え間なく打ち寄せられていた。
繋ぐ手の感覚が、日に日に、希薄になっていく
目の下に隈が刻まれた夜、
烈火の中で、少年が高らかに笑った。
「必死だね」
いくら逃げたって無駄さ
その子の力は大きすぎる
お前には隠しきれない
お前がどんなに隠そうと、僕はすぐに見つけ出す
この子が、心を読めば読むほど
僕に居場所を教えてくれる
「・・・・さんー・・・!母さん!!」
開いた瞳に、暗い天井を背景に自分を見下ろすアンナが映った。
「うなされてたわ、・・・だいじょうぶ・・・?」
アンナは私が目を覚ましたのを見て、揺すっていた細い手をひっこめた。
重たい上半身を起こし、目元を覆う。
指先に額の汗の感触を感じながら、やがて、目は傍らの少女をうつろに見つめた。
布団の横に座り、娘は心配そうに、澄んだ眼をこちらに向けていた。
「かあさん?」
私は、アンナの顔を見つめたまま、動けないでいた。
頭の中に、あの少年の笑い声が響いていた。
やがて、娘がぽつりと呟いた。
「母さん・・・・・・どうして・・・・・あたしをこわがるの?」
全身を暗闇に染めながら、アンナは私を見返した。
薄い茶色の瞳だけが、光を宿している。
「・・・・ないで・・・・」
「え?」
「読まないでよ!!!!」
アンナは瞬間、これから何が起こるのか、一寸足りと知らず、わからずに、無防備にそこに座っていた。
その顔を見ながら、私は、手を振り上げた。
それでも、アンナは変わらず心を読んだ。
父親もついに認める。
アンナは絶え間なく心を読む。
私は手を振り上げる。
アンナは泣きながら心を読む。
叩くと簡単に吹っ飛ぶ細い体だった。
殴ったあたりが赤く染まる。
口の中を切り、唇から血が落ちる日もあった。
娘は悲しい目を向ける。 その目に含まれた哀れみが、私の心を知ってると、告げている。
どうして読むの?
どうして聞けないの?
私はこんなに、あんたを助けようとしてるのに・・・!!
どうして?あんたは何故こんな力を持って産まれた?どうして?何でこの子が産まれた?
葛藤の果て、ある日、気づいてしまった。
産まれた・・・・って?
違うでしょう?
そう・・・・・産んでないもの。
そうだ・・・・・・・・私は産んでないじゃないか。
これは、あの日手渡されただけの赤ん坊だ
膨らむ腹を見ていない腹を蹴った記憶さえない腹を痛めてもいない
産んでない
産んでない産んでない産んでない!!!
どこかで、間違ってしまったんだ
これは、私の子じゃない。 私の子供じゃないんだ―――――
そうして、強い麻酔が、ぬるりと着地した。
一度そう、逃げてしまえば、あとは容易かった。
罪悪感は眠りについた。もう怒りをぶつけるだけでよかった。
あっと言う間に、理性は崩壊していった。
それからしばらく、親子は、羅刹の淵を彷徨った。
バシッ
「また読んだわね・・・・・・!!読むなって、いつも言ってるのに・・・・!どうして、どうしていうことが聞けないの!?」
頭を叩いて振りぬいた手が、わなわなと震えている。
畳の上で、アンナは叩かれた頬を両手で覆っていた。
「よんでないわ・・・・」
「嘘・・・・・今も読んでる!顔に書いてある・・・・・!!」
もう一度、高く振り上げられた手を見て、アンナは反射的に身を竦めた。
その背中があまりに小さく、不意に、圧し掛かる様な焦燥感に襲われ、平手は風を切ることなく、体の横に落ちてしまった。
狂って随分経った。
叩いて何か変わったのか。殴って何か変わったのか。
アンナの切れた唇は、浴衣の袖からでた腕の痣は、徒労に終わった回数に等しかった。
もう、どうすべきが最善か、考えて行き着く答えがあるはずもなかった。
膝を折り、その場に泣き伏した。
「母さん・・・・・・ごめんなさい・・・・・」
アンナの声が降ってきた。
謝罪?何故?
「もう読まないで・・・・・お願いよ」
ここまで何度、繰り返したかわからない台詞だった。
実際もう、さして期待もせず呟いた。
だが、それとなしに泳がせた視線に、大きく頷くアンナが映った。
・・・・ああ、この子を正面から見つめたのも、随分久しぶりだ。
こんなにちっぽけだっただろうか。
時間をおいた頬が、こんなに赤く染まるとは、知らなかった。
泣かずに堪えるようになったのは、いつからだったろう?
「・・・読まないで、もう、絶対に」
アンナは滲む目を細めて、また、こくりとした。
「約束よ」
賭けようと、思った。5つは目前に迫っていた。
もう一度、娘は強く頷いた。
その体を抱きしめて、私はまた泣いた。
どうせ無駄だと、悟っている思考を、娘が聞いてないことを祈りながら
けれど、その夜も、夢を見た。
いや・・・見せられた、と言うのだろう。
アンナが、一人公園のブランコに座っていた。
家に連れ帰らなくては、と思い声をかけようとした時、
アンナの目の前に、長い黒髪とマントとひるがえしながら、音もなく、あの少年が着地した。
浮かぶように顔をあげた少女は、頬を真っ赤に染め、鼻から血を流し、顎まで涙に濡らしていた。―いつものように。
途端にアンナはわっと泣き出し、少年の肩に抱きついた。
少年は、彼女の背中を優しく撫で、耳元で至極優しく語りかけた。
「苦しいかい?怖いかい」
「人は愚かだね。必要ないと思わないか?僕がつくってやるよ。苦しみの無い世界を」
「一緒においで」
(アンナ!)
私は叫ぶ。
だが、アンナは少年から離れようとはしなかった。
肩越しに、私を鋭く睨みつけた。炎を宿した眼光。少年とそっくりの、鬼の目だった。
私の伸ばした手を、拒絶するように、
アンナは涙に濡れた顔を、彼の肩に擦りつけるように伏せた。
二人の体が炎に包まれ消えていく
そして、いつもの惨劇の夢に切り替わった。
目を、覚ました私は
深夜の青い闇の中で、寝返りを打った。
視線の先に、隣の部屋へと続く、襖があった。
立ち上がり、海辺を歩くような気持ちで、布団の波を踏んで歩いた。
夫は、今日も、まだ帰ってきていなかった。
アンナは、布団の上で、静かに寝息を立てていた。
私は、その体を跨いで、真上から彼女を見下ろした。
わかってしまった
この子はあたしの子供じゃない
あたしの腹を借りただけの鬼
いずれ夢と同じように
あの光景を現実にするために産まれてきた鬼
布団がはだけ、くっきりとした鎖骨が覗いている。
その上に繋がる首は青白く、細い。
布団の裾を通り過ぎ、首筋に触れる。
右手に続き、左手も這わせる。
両手で首を包み込んだら、その細さに指が余り、金髪の中で絡むのがわかった。
力を込めようとした時
「やめて・・・」
途端にアンナの唇が動いた。
続けて瞳が薄く開き、暗闇の中でこちらをまっすぐ見つめた。
「ちがう・・・母さん・・・そんなのあたしじゃない・・・!」
「あたしっ、そんなこわいこと考えてないわ!信じて・・・おねがい、母さん!」
「母さん!おねがい!!ころ・・・さないで・・・!」
彼女が、私の手首を掴んで、泣きながら必死に抵抗するのを、
私は、無気力に見下ろすことしかできなかった。
この子は何を言っているんだろう?
わからない。
どうして私の心を知ってるの?
だって・・・あたしは、口になんて出してないのに・・・・・
「おねがいかあさん・・・・!!こわいよう!!しんじて・・・!!」
ああ・・・・ もう・・・
もう・・・ 限界だ・・・・
そして、最後の夜がやってきた。
夕方に天気が崩れて、先ほど、決壊するように、暗闇からするすると雪が降り始めた。
といっても、雪国と呼ばれる土地だから、もう一週間も前から、道路も屋根も、分厚い雪に埋もれている。
窓辺に寄るだけで、空気が冷たい。
消えていく町の灯りを、しばらく眺めていた。
台所で、最後の準備を済ませた。
良心や慈悲はとっくに死んでいる。
暗い部屋の襖を開けると、布団のアンナは、すでに目をあけこっちを見ていた。
「母さん・・・お願い・・・あたしを捨てないで」
追い詰められた動物のような、怯えた目だった。
思えば、彼女の他の表情は、ずっと見ていない。
「・・・・捨てないわ」
腰を下ろし、片手の盆を畳に置いた。
盆にはマグカップが一つ乗っていて、ミルクで満たされたそれからは柔らかな湯気が上がっていた。
大人用の、大きめのカップだった。
子供用のものは、遠い昔割れて、それきりだ。
「うそよ・・・母さんのうそつき!」
「嘘なんかついてないわ」
「お山にすてるって、今もいってる!カップの中には薬が入ってる!」
静寂が流れた。
部屋が寒いから、カップは忙しなく大きな湯気を吐いている。
「アンナ」
正座をして、微塵も表情も崩さず、口だけを動かして。
「お前は病気なの」
言ってから、そっと、言い聞かせるように背中を丸めた。
「お前の頭の中には悪い鬼がいてね・・・・色んな人の声を真似して、アンナに嘘を教えるの」
アンナは、予想だにしなかった言葉に、ぱちりと、目を瞬いた。
「・・・・ほんとに?」
「本当よ」
顔全体で笑顔を模る。 アンナの表情は変わらなかった。
「悪い鬼が、アンナに、母さんがお山に捨てるって、言ったのね?」
アンナは一瞬躊躇してから、頷いた。
「それは嘘よ。母さんはあんたを捨てたりしないわ。だって、アンナは母さんの大事な子供だもの、捨てるものですか」
黙って見上げるアンナの頭を撫でた。
「いい?もう、何が聞こえても信じちゃだめよ」
アンナは少し躊躇してから、問いかけた。
「・・・・髪の長い子は、誰なの?」
「忘れなさい。悪い鬼よ。・・・・・・さ、飲んで。ゆっくり寝れるわ」
細い寝巻の背中を片手で持ち上げると、アンナはおとなしくそれに従った。
熱いカップを手渡すと、おとなしく、それを受け取った。
途端にアンナの瞳が、新しい雫を零した。
だが、彼女はカップに口をつけ、・・・・喉をならした。
喉を滑る、その熱さを覚えている。 砂糖の入った、甘い、ホットミルクだった。
程なく眠りに落ちた少女を見下ろして、そっと額の髪をどけた。
胸に去来する想いを、残らず押しのけた。
お前が罪を犯すなら、
いくつも命を奪うなら 私が今日この手で・・・・・・
■して・・・・・
膝の上で目を伏せる娘が、聞いていたのには、気づかなかった。
でも、アンナは思った。
これは悪い鬼だわ。
母さんの声の真似をして。
だって、母さんは泣いてる。
この言葉は嘘。
今だけ、嘘だって、信じるの。
後にも先にも、誰かの心を否定したのは、この一度だけだった。
外で車のエンジン音がする。
闇に雪が降っている。
恐山も、雪だ。
恐山で、荷物をおろして・・・・・
程なく、あの人は姿を消した。
「人に夢を見るからそうなるのさ」
私は、全てを失った。
「人間は愚かなものだよ」
この命も、もう長くない。
「醜いね、お前の心も体も、もう鬼そのものじゃないか」
目的を失った体は、一気に衰えていった。
冷たい病室のベッドの上、迎えを待っていた。
そして、その夜、ようやく窓辺に立った。
「遅かったのね・・・・」
「やってくれたね。あの子はどこだい?」
「何の事」
「君の子供さ」
「私に子供なんていないわ」
「可愛い子だったのに」
「産んでないわ」
「殺した?」
「死んだわ」
「狐、隠したな」
勢いよく布団を撥ね退け、一匹の鬼が牙をむいた。
鋭い鉤爪の足が、シーツを踏み、頭には、彼女が人であった時の名残の、美しい金髪が一握り絡みついていた。
「あはは!相応しい姿になったじゃないか!そうだ、道理を踏みつけて鬼を産んだ、お前も鬼さ」
ハオの手の中で炎が生まれ、一直線に鬼に向かった。
鬼はそれをかわし、閃光のように、目の前の少年にとびかかった。
だが、ハオが手を凪ぐだけで、鬼は殴り飛ばされ、ガラス窓にぶつかり、夜空に大きなヒビを走らせた。
同じ病室の人間が悲鳴を上げる中、 鬼はよろけながら床から立ち上がった。
入院着の切れ端が、骨の足に絡まり、ガラスの破片を引きずっている。
ハオの炎が再び襲い掛かる、と、次の瞬間、鬼はガラス窓を突き破り、夜空の中へ躍り出た。
ハオが窓から乗り出した時には、もう彼女の姿は跡形もなく、 ガラスの破片だけが遥か下の地面へ吸い込まれていった。
ガラスの割れた音を聞きつけて、にわか騒がしくなる病室から、ハオはしばらく、鬼の消えていった夜の闇を見つめていた。
やがて、その口の端を持ち上げ、彼はあどけなく笑った。
「いいさ、どうせそのうち見つける」
「・・・しかし、ハオ様、あいつすでに娘を殺したのでは?」
少年の後ろから、黒い背の高い影が問いかけた。
すると、少年は口元から笑顔を消し、暗闇を、そのずっと遠くを見つめて、答えた。
「・・・・しないよ」
「たとえ親子でいたのがどんなに僅かであっても」
「親子にとってのその時間は・・・・・時に1000年より重い」
四本足の鬼は、 いくつかの街を、疾風のように駆け抜け、その姿はさながら黒い閃光のようだった。
目指した地に着く頃には、肩口から流れ出した血が、右半身をすっかり濡らしていた。
足が白雪に降りた。
一面の雪の丘に、た、と赤い血が落ちた。
しばらくそのあたりを、散策するように歩き回り、足跡をいくつも並べた。
やがてその場に座り込み、今度は空を見上げた。
空は・・・・・・星が広がっていた。
降り注ぐのが雪なら、罪を雪ぐことも出来たろうに
影が、音もなく白雪の丘に倒れるまで、そう長くはかからなかった。
その時、さくりと、頭上で、何かの足音がした。
彼女はもう、動けなかったけれど、ほんの少し体をひねることができていたら、雪の丘に立ち尽くす、もう一つの影を見ただろう。
それは、彼女よりずっと小さな・・・鬼で、長い間、走り続けるうちに、目的を忘れてしまった、誰かのぬけがらだった。
その気配だけを、頭の上で感じながら、遠い昔、母親だった鬼は瞳を伏せた。
雪に鼻先を埋めて、彼女は最後の夢を見た。
夏の、公園だった。
乳母車を押して緑の下を歩いていた。
木漏れ日が眩しくて、暑くて・・・・
瞳から流れた熱い雫が、雪の結晶を二粒だけ溶かして消えた。
彼女を看取ったもう一匹の子鬼が、傍らで声を上げずに涙を流した。
人の姿に戻りつつある亡骸を抱くと、子鬼は、悲鳴のような嗚咽をあげた。
その子鬼の姿も、やがて黒い霧に溶けてしまうと
それきり、あたりは今度こそ静かになった
「そんな・・・・・事」
アンナの頬から涙が落ちた。
今、親子は同じ雪の上に身を投げていた。
「母さん・・・・」
すがりついたつもりだった。
でも、足音はもう聞こえなかった。
気配だけ 彼女は泣いている
駆け寄って、拒絶されても、叶わなくても抱き締めたかった。
だが、体は動かなかった。
手を伸ばしたら、寄り添ってくれるか。
でも、今のアンナには、その手が空を切るのが怖かった。
怖くてできなかった。
アンナが、再び意識を失ったのは、そのたった数秒後だった。
最初に見えたのは、白い色。
体を起こしても同じものが見えた。
彼方まで続く白い丘。
いつの間にか鬼はすっかり姿を消していて、幾重にも広がる白い大地だけが寒々と横たわっていた。
葉は痛む頭を押さえ、よろめきながら立ち上がった。
下ろした手には血がついていた。
ズボンで拭って、再び歩き出した。
どれぐらい歩いたか、ふと前方に気配を感じた。
目を凝らすと、雪面に乗る黒い点の正体は、一匹の鬼だとわかった。
鬼はまるで葉を待つようにじっと雪面に座り込んでいる。
葉が追いつく前に、影は一方向へ走り、丘の頂で消えた。
しばらくその方向をぼんやりと見つめて、
やがて小さな、鬼でない何かの影に気付いた。
目を細め、息を呑んだ時には、もう走っていた。
「アンナ、・・・・」
乾いた喉から擦れた声が落ちた。
「アンナ!」
深く降り積もった雪は重く、最後の抵抗とばかりに足を掴む。
それを蹴散らすようにして、雪の丘を駆けた。
白い地面に金髪を広げて、体を雪に薄く埋めて、睫毛に氷の粒を絡め、アンナは横たわっていた。
「アンナ!!」
跪いて持ち上げた体から、雪の塊がぱらぱらと落ちる。
脱力した体を胸に抱えると、服に絡んだ雪を、手早く払い落とし、コートを脱いでしっかりアンナを包んだ。
すると、僅かに唇が動き、消え入りそうな声が葉の名前を呼んだ。
「アンナ、しっかりしろ」
声をかけながら、手首の止血に移る。
雪に広がる血だまりと、痛々しい傷口に、クソ、と悪態が独りでに口をついた。
アンナのポケットから見付けだしたハンカチで簡単な止血を済ますと、再び頭を胸へ抱き締めた。
・・・身体があったかい。
握り締めた指も、少しずつだが温度を取り戻していく。
呼び掛けると、瞼は開かないまでも、微かに頭が胸に擦り寄ってきた。
・・・大丈夫だ。 葉はほっと胸を撫で下ろして、もう一度冷えた体をきつく抱え直した。
「何やってるんよお前・・・心配かけやがって・・・・・・」
小さな、謝罪の言葉が途切れ途切れに返ってきた。
葉は返答の代わりに、冷たい頭に頬を押し付けた。
良かった。後は、無事に帰って、ぐーちゃんに合流して、ばあちゃんに連絡して、その足でアンナを病院に・・・
と、視線を感じ、葉は顔をあげた。
数メートル先に一匹の鬼がいて、こちらを伺っている。
先程、葉に道を示した鬼だ。
鬼というのは元来、恐怖という圧倒的な存在感をひきずっているものなのに、この鬼は異様なまでに、それが希薄だった。
肩から、向こうの雪原が透けて見える。
「お前・・・」
葉の言葉を聞かず、鬼はくると横を向くと、去って行こうとした。
「・・・・待てよ」
寒さに凍り付く喉から、声が漏れた。
「もう、いいんか?」
鬼は足を止め、僅かに首を動かした。
「お前が・・・・・、アンナが会いに来た人なんじゃねえのか」
話は大筋でしか知らなかった。
だが、アンナと交わした言葉の数々や、『新聞記事』の事、総合すれば、アンナ
の行動の原因を予想するのは容易かった。
そして何より、葉がそうと判断したのは、目の前の鬼の、魂の色だった。
横たわるアンナの儚さにあまりに似通った、透き通った魂。
「・・・・アンナに、言うことは言ったんか」
すると鬼は一足飛びで葉の目前に着地し肉薄すると、鋭い牙をむいた。
(何を言えと! 私はこの子を殺した! これ以上何を話せと言うんだ!!)
ギィンと刃物を鳴らすように、鬼の恫喝が響いた。
葉は微塵も怯まずに、静かに続けた。
「・・・・謝れよ。後悔してんなら」
(今更謝って何になる 過去は変わらない 私は捨てたんだ!殺したんだ!母親だったのに・・・!)
脳を掻き鳴らす声に、葉は視線に力を込めた。
「お前の娘でも・・・・!今はオイラの嫁だ!!」
叫べば喉で、アンナの冷えた金髪が揺れる。
アンナの涙のあとが、力ない身体の重量が、服に散った血の色が、残らず全部許せなかった。
「今日まで、こいつがどんだけ泣いたと思ってるんよ!」
葉の一喝に、少しずつ姿を取り戻したそれは、次第に泣きじゃくる人の姿を形作っていった。
「もう、泣かせんなよ・・・・」
鬼は、今や半分ほど生前の姿を取り戻したその鬼は、骨と皮の手で顔を覆った。
(こんな醜い姿を、見せろと言うのか・・・・)
俯いた頭頂部には、少女と良く似た金髪の間から角が突き立っていた。
ぽたりと、雪に実体のない涙が落ちた。
「・・・・体ならある」
頭上からのはっきりした声に、鬼が顎を上げると、目の前にゆるい瞳をした子供がいた。
彼は、その深く、黒く、澄んだ、力強い目で鬼を見つめ、
片手を真っすぐ差し出し、微笑んだ。
「オイラに憑いてきな」
鬼の硬く冷たい骨の顎から、ぽたりと、また一滴、涙が落ちた。
ゆっくりと、僅かに人の皮膚を取り戻した、鉤爪の指を伸ばす。
彼の手に触れた瞬間、彼女は真っ白に輝く、一握りの人魂に姿をかえた。
「葉・・・」
求め続けた彼の腕に抱かれながら、でもアンナは、悲しくて、たまらなかった。
突き付けられた大量の真実と、因縁のこと。自分と母の命の理由。
何かが狂って、何かが間違って、たどり着いてしまった今。
どうしたら良かった? どうしたら救われた?
もう、アンナにはわからなかった。
この嘆きから、逃れたくて、彼の顔を見たくて、アンナは瞼を持ち上げた。
頭上に、自分を膝に抱く葉が見えた。
そして彼の掌の上のまばゆい光に気付く。
彼がそれを胸に押しつけると、真っ白く輝く線をいくつも走らせて、光は葉の中へ飲み込まれていった。
それは何度も見てきた、光景だった。
でも、・・・・・何故、今?
「葉・・・・?」
アンナは軋む首をかしげ、彼の顔を覗き込んだ。
顔を上げた彼の口から、漏れていた白い息が、ふっと掻き消えた。
「葉・・・・・、どうしたの?」
雪がふわりと、葉の髪に降って、滑り落ち、アンナの額に着地した。
アンナにとっては見慣れた、一番愛しい腕が持ち上がり、そっと頬を覆った。 暖かい手だ。
葉、ともう一度呼ぼうとして、アンナは、目の前にいる人物が、もう彼じゃない事に気づいた。
肩より長い、金色の髪、頬に触れている手は、葉のそれよりずっと、細くて柔らかい。
私は、この人を知ってる。
アンナは、言葉を失い、見開いた眼で彼女を見つめることしかできなかった。
長い睫毛の縁取る目が、アンナを映していた。
「かあ・・・・さ・・・・ん・・・」
勝手に零れた言葉。
発された言葉が自分の耳に入り、アンナは喘ぐように、口を震わせた。
「母さん・・・・・・なの?」
強く抱きしめられた胸は、冬のにおいがした。
温かい腕に、顔を埋めた瞬間、嵐のように思慕の情が溢れ出した。
恋しくて。懐かしくて、悲しくて、 言いたい言葉は、山ほどある。
会いたかった?
何で捨てた?
大好き?大嫌い?かあさん―――
でも、絞りだした言葉はたった一つだけだった。
「ごめんなさい・・・・!ごめんなさいごめんなさい・・・・母さん・・・・ごめんなさい・・・・あたし・・・・・あたしが・・・!」
あたしがいなかったら。 何も起こらなかったのに・・・・
彼女が口を動かしたが、その言葉は、もうアンナの耳に届く力を持ってはいなかった。
彼女は今一度アンナを胸に抱き締めた。
体温と共に、アンナの内に、相手の心が流れ込んできた。
そして、二人は最後の夢を見た。
――― 夏の、公園だった。
乳母車を押して緑の下を歩いていた。
木漏れ日が眩しくて、暑くて
乳母車の日よけを、何度も確認して歩いた。
覗き込んだ子はいつもようく寝ていた。
泣かない子だったから、本当に良く笑う子だったから
いろんな人が覗き込んで、そのたび笑い声が聞こえてた
真っ白な肌をして、色素の薄い髪の毛は柔らかくていつもさらさらと風に吹かれてた。
大きく澄んだ目は木漏れ日を写して何の汚れも知らず未来への希望に輝いていた。
ちっちゃな手にはちっちゃな爪が並んでて
柔らかくて暖かくて確かめるようにあたしの指を精一杯握り返した 力強さ
日に日に増える表情の輝き
楽しそうに、笑うあんたを見て、 あたしもつられていつも頬をがほころんだ
不思議と目が熱くなってこみ上げるものを我慢できなかった
こんなに幸せな事なんてないと思ったのよ・・・
あの緑の中を あの夏の並木道を
ずっと 歩いていたかった
これから先に どんな悲しみが待っていようと
あの瞬間は、 あの時だけは幸せだった
世界中に自分ほど幸せな人間なんていないと思った
その日々には いつも、・・・・
頬を覆う手を握りしめ、アンナは目の前の人の顔を見つめ返した。
その顔を、 笑顔を
母さん
もう二度と・・・・忘れないわ
堰をきったように涙が溢れだし、アンナは声をあげて泣いた。
粉雪が二人の体に舞い落ちる。
やがて、彼女の存在のみるみる薄くなるのに気付き、アンナは必死でその体を掻き抱いた。
「嫌よ消えないで!行かないで!もう一人にしないで・・・・!かあさん・・・・!!」
「やっと、会えたのに・・・・!行かないで・・・・ずっとここにいて・・・・もう寂しいのは嫌・・・!」
すると彼女の手が、アンナの頭をゆっくり撫でた。 何度も、何度も。
ああ、そうか・・・・この手は・・・・、
彼女の示す心の意味に気付き、アンナは溢れる悲しみを押し込めて、目の前の肩を抱きしめた。
アンナのそれより、ちょっと大きな背を。
消えゆく彼女の肩に顔をつけ、もう一度、懇願した
もう、泣かないから、
あたし、もっと強くなってやるから
一人にしないで
ずっとそばにいて
寂しい思いなんて 金輪際
葉
葉・・・葉!
「葉・・・・っ!」
「おお、ここにいるぞ」
そっと、アンナの首に頬を擦り付けた。
背中で、アンナの手が、服を握り締めたのがわかった。
「・・・・行っちまったな」
頷く。
「話せたか?」
「・・・ええ、葉」
「そっか」
「よう・・・、葉・・・・!」
「じゃ、次はオイラの番だな」
ありがとう、と言おうとしたら唇を塞がれた。
面喰っていると、葉は顔を離して、にこっと笑った。
「おかえり」
もう泣かないと、誓ったばかりなのに、再び溢れだした涙を、払うように頷いた。
彼の胸に頭を伏せれば、ほとんど同時に背中に暖かい腕が回ってきた。
もう、一生、寂しいなんて、思わなくていいんだと
ずっと、ここに居場所があるんだと、・・・思いだした。
この熱い体に身を埋める、どうしようもなく愛しい、安堵を感じながら
アンナは、ゆっくりと目を閉じた。
next→
←back