愛は、残忍なもの。
いつも一緒にいたい。
独り占めにして絶対逃がさない。
誰にもあげない 見せたくない
あたしの事だけ考えて。
まな板の上、魚の首をぶった切るような残酷な
あたしのこの恋心。
許してよ
でなきゃ、お腹がすいてあたしが死んじゃう。
指先でつまんだ封筒。
かわいらしい薄いブルーの封筒。
文庫本くらいの大きさ。
屋上の上の広大な空に透かして見る。
空より雲に近い、薄いブルー。水色。
真ん中に文字。
『麻倉 葉 様』
細くて女の子らしい、右上がりの綺麗な字。
裏っ返せば逆三角のフタの部分の先には、丸い紺色のシール。
ぽつんとワンポイントがとてもセンス良く納まっている。
例えば可愛いからって独りよがりな理由で、ピンクにしたり、時代遅れのハートのシールを貼ったりしないのは、
彼女がもらう相手のことをようく考えているからなんだろう。
指で挟めばわずかに押し返す、
重過ぎない、薄すぎない、程よい厚みには、
きっと切ない心と、純粋な想いがしこたま詰まってる。あったかくてきっと可愛らしい。
お願いね、て渡した、あの子の笑顔みたいに可愛いんでしょうね
アンナは屋上の柵に背中を預けたまま考えた。
今は放課後。たぶん葉があたしを探してる。
もうすぐ、帰るぞって言いにくる。それまでに考えなくちゃ。決めなくちゃ。
彼宛のこの手紙の事。
どうやって渡そうか。
そもそも、渡したら葉はどうするだろうか?
いつも見ている葉が、想像の中で動き出す。
渡すなら家にしよう。
場所は居間。
あたしが鼻先にそれを差し出すと、葉はとても彼らしい動作で、あたしの手から手紙を受け取って、
唇曲げてあたしの顔色伺う、ビクビクしてるいくじなしの旦那。
そうよ何で情けないこんな男に?わけがわからない。
あたしは促すように顎でしゃくってやる。「読め」って。
葉は困ったように手紙を裏にしたり表にしたりしてる。
ああそっか、あたしがいたら気まずいんだ
仕方ないから、あたしはその場を後にしてやる。
そうだ憎まれ口の一つもきいてやろう。
だって黙って去っちゃおかしいもの・・・・・そう、まるで傷ついたみたい
あたしにそのつもりがなくても、きっと葉はそう思う。
もしかしたら追いかけてくるかもしれない ・・・・・追いかけてこないかもしれない
何て言おう?
(あたし買い物行ってくる) 気を遣いすぎ それにめんどくさい
(トイレ行ってくる) 何でわざわざ言うのよ
(良かったわね) 皮肉 いじけてるみたい
(さて、私は林檎のCDでも聴こうかしら) 冷やかすように笑ってやれば・・・・
これでいい。いいかしら。
説明的?わざとらしい?それぐらいで丁度良い。
葉は気まずそうにするだろう。赤くなって。
・・・・何で赤くなるのよ、バカ
あたしは二階に行こう。
想像は、あたしの見ないだろう、一人居間に残された葉の映像にかわる。
襖が閉まるのと、あたしが階段を上る足音が聞こえなくなるまで、きっと葉は耳を澄ませて、
それから、片手の手紙を見る。
きっとあたしと同じ感想を持つ。
薄すぎず、厚すぎず、薄いブルーの、男子が持ってても変じゃない、でも清楚で綺麗な封筒。
指でちょっと撫でて、封筒の紙の感触を確かめて、裏表を良く見て、
頭をぽりぽりかいて、うーむ、て唸るんだわ
最近少し骨ばってきた指で、不器用にシールとノリを剥がそうとする。
あ、てようやく思い直して、はさみを持ってきて封筒の上をジョキジョキ切る。
もちろん、中身を切らないように細心の注意を払って。
はさみを置いたら、中から白い便箋が出てくる
折りたたまれたそれを開いて、もう一度、あたしの気配を確かめて、
猫背になって、手紙に目を落とす・・・・
何て書いてあるかなんてわからない
静かな部屋で、紙をめくるぱり、て音だけが響く
長い長い時間
葉と、彼女だけの時間
あたしは二階だ。
膝を抱えて、林檎を聞いてる。片想いを歌う歌詞が、妙に気になる。
もう読んだ?今読んでる?て気にしたくないのに気になる
たまに赤くなったり、照れ笑いしたりして、
全部読み終えたら、葉はこたつの上に手紙を置く。
みかんと青い封筒が並んでるのが見えるだろう。
もう一度、手にとって読んでみる。
また置く。今度は順番に重ねて、折りたたんで、封筒に戻す。
何を想うんだろう・・?
きっと教室で見る、その彼女のありったけの記憶をいっぺんに思い出す。
そこそこ可愛い子だから、可愛いとかも、思うんだろう。
そのうち、あたしの存在を思い出す
許婚とか・・・出雲の実家とか、麻倉の血とか、考えて
きっと頬杖付いて、ぼーっと外見て、切なそうな目、するんだわ
葉
そんな顔、しないでよ
それも、他の女の為になんてさ
そんなもの読まないで。
イヤよ
そうすれば、傷つかないでしょ?あんただって
・・・・読まなきゃ、いいのよ。そうでしょ?
手紙。この世で一番、愛情の詰まった無機物
ビリッ
違うのよ
あたしあんたに辛い思いをさせたくないだけ
本当よ
ビリ
ビリ
ビリッ
ああ・・・・
手の中で
恋心が、細切れになる
確かな音をたてて、ビリビリと音を立てて
心を込めた言葉が、散り散りになっていく。
あたし胸が痛い、きゅうんと、縮こまっていく。
罪悪感じゃない なんだろうか?
ドキドキする。身体の奥の方が、じいんとする。そこから熱くなる。
封筒、見た目よりしっかりしていて、破るのが少し億劫。指も痛い
もう、きっと、貼り合せるの時間がかかる
もう、きっと、何が書いてあったかなんて、わからない
ビリ
ビリ・・・
あーあ・・・
あたしの持っていたものは、ただの紙くずになった
もう、戻らない、切ない紙くず
細切れになった言葉は、もう、伝える力さえ、もたない。
書いた本人なら、これが元手紙だって気づくかもしれない 傷つくかもしれない
・・・・・別に、いい。見ればいいんだわ
葉を傷つけるのは、あたしが許さない。
握り締めた両手には、封筒の水色と、白い便箋のツートンカラーの紙ふぶき。
便箋にはところどころ、黒い文字の残骸が見え隠れする。
良く良く見つめれば、かろうじて、「き」と「美」が読めた。違うかも。どっちでもいい。
柵の向こうへ、そっと握った手を伸ばす。
風が頬をかすめた時、あたしは、まず静かに、片手を開いた。
屋上からはるか下の中庭へ
さらさらと舞って、落ちていく
想いの断片。砕片。
散り散りに飛んでいく屑の中、「葉」って一文字が見えた
書かないでよ あたしの夫よ
呼ばないでよ
考えないでよ
ペンを走らせる時、彼女の頭の中で、何度も葉は笑ったんだろう
動いたんだろう
たとえあたし程、なめらかに動かせなくても
あたしの知らない動きもしただろう
妄想くらいなら、彼女の手だって握ったかもしれない
イヤよ
ガチャン
扉が開いたの感じながら、あたしは残りの紙くずを手放した。
顔の高さで散らせた紙ふぶきの中、あたしは葉を振り向いた。
葉はぽかんとしていた。
あたしのかばんと、自分のかばんを抱えて。
「何やってるんよ?」
「・・・・別に?」
小首をかしげて、なんでもないと言うように笑ってやる。
葉は笑い返しもせずに、険しい顔でこっちへ歩いてきた。
近づいてくる。
もっと近づいてくる
至近距離で、すっとあたしの顔を覗き込んだ。
あたしの足元の、屋上に残った水色の欠片が、葉が近づいたことでふわっと飛ばされた。
「なあに・・・」
あたしのしたこと、気づいてる?
あたしをしかる?悪い嫁だから・・・・?葉・・・
すると葉は、口角をあげて、笑った。
「何か・・・アンナが、綺麗だと思ってな」
黙ってずっと見つめ合っていたら、風が吹いた。唇が乾く。
無意識に舐める、あ、誘ってしまった・・・
目も閉じずに葉はあたしにキスをした。
いきなり舌が入ってきた。
顎をあげて応えて、口の中の熱いところで舌をなめ合う。
二つ、かばんが落ちてどさっと言った
構わず顔を逸らせて、葉があたしの首に吸い付く
あたしは少したくましくなった背に腕を回す。
彼のサンダルの下、飛びきらなかった青い欠片が、
踏みつけられているのが、見えた
こっそり葉のシャツの背で手を擦った
手に付いた血糊を拭うように あたしマクベス夫人
これであんたも同罪
15歳の
激情。
THE 愛の劇場。
「あのさ、麻倉・・・」
「麻倉」
「おい、麻倉!おい!」
「起きろって、話があんだよ!」
身体に揺れ・・・、うぁ・・・?しかし眠い
「なあ麻倉!」バシッ!
「いって!」
なんなんよ?
顔をあげる。休み時間の教室のざわめき。
一瞬で夢の世界をもがれた衝撃。
叩いた本人を確認するより早く、
視界に飛び込んだのは、
鼻先に差し出された、真っ白な封筒。
まいったな・・・
封筒。
表に『恐山アンナ様へ』の文字。
一生懸命丁寧に書いたんだろう中学生男子の字で。
紛れもない。
ラブレターだ。
まいった・・・
どうすりゃいいんだ?
そりゃ渡せばいい。ていうか、それ以外にない。
やばい、その場で返せばよかったんだ。
すまんオイラはできん、と断わるタイミングは、すでに失われた後だった。
あの時は驚きと寝起きで、そんなところまで頭はまわらなかった。
面倒なことになっちまった・・・
面倒。
他の男からの、見るからにラブレターを、アンナに渡す。
どうやっても、その行為が、アンナを怒らせそうな気がする。
鈍感!とか無神経!とかバカ!とか
あんた、あたしの事愛してないわけ!?とか
言うかなあ・・・言いそうだなあ・・・。もちろんビンタ付きで。
仮にも自分の許婚であるから、そりゃいい気はしないが、
まさか一枚の手紙で、あのアンナがシャーマンキングの妻の座を諦めるはずもないし、
心配もしようもないし。
そもそも好きになるのはしょうがねえと思うし。
別に口出しはせんから、自分で勝手にわたしてくれと思う。
できれば見えないところで、勝手に告白してフラれてほしい。
ふと見ると、封筒は糊付けもされず、口の中ほどをぽつんとシールで止めてあるだけだ。
別にそんな気はなかったのに、爪がひっかかるままに、軽くはじいたら、
何の名残もなく、ぺり、といって口が開いた。
あいつ、バカだ。
指先でぺらぺらと自由になったフタの部分をいじる。
封筒の中に、便箋が入っている。これは薄いオレンジ色だ。花の透かしが見える。
便箋は、封筒とほぼ同じ大きさに畳まれているので、フタをどかすと端はもう見えていて、
するっとひっぱればこっちに出てくる。
いや・・・
見ちゃいかんだろ。
こういうもんは、さすがに、いかん
いかん・・・ いかんって・・・・
恐山アンナ様へ
僕は君の事が好きです。
君とまだたくさんは話してないけど
僕は君を、ずっと見てました。
僕が、廊下で、プリントを落とした時、みんなが無視したのに、君は一緒にひろってくれた
ありがとうって言ったら君が笑ってくれたのを、
僕はずっと忘れられませんでした。
日直の時も急いでいた僕のかわりに、日誌を書いてくれた
君は、覚えてないかもしれないけど
僕の名前、 呼んでくれましたね
あの時、君を好きだと思いました。
HEIYUで買い物をすませて帰ってくると、アンナはすでにこたつに入ってくつろいでいた。
いつもの黒いワンピース。腕、寒くないんかな。
「おかえり。何よ、そんなところに突っ立って」
振り向かずに言った。アンナの視線はずっとテレビのワイドショー。
「アンナ」
呼んだらようやく、こっちを向いた。
「お前に」
白い封筒。『恐山アンナ様へ』の文字。
アンナはオイラの顔をじっと見てから、封筒に手をのばした。
君の事が好きです
君と、もっと話したいです。
ぽちゃん
いや、ほんの少しでも、いいので・・・
風呂の中、
そういえば、思わず何も考えずに渡しちまったけど、
アンナは怒りもしないし睨みもしなかった。
何でだろうな・・・
そんなことを思いながら、
ぼんやり湯気越しに、夜空を見上げれば
傲慢でもない、
自分勝手でもない
短い告白の言葉が、
頭の中をぐるぐる回りだす
読んだ最初はイライラした
気にならんと思ってた。
むしろ、目の前でアンナが告白されても、
うわーあいつ怖いもの知らずだなあとか相手の男殴られたりするんじゃ・・・程度の感想しか持たんと思ってた
けれど、いざ、それを体験すると違った。
手紙だろうと。ただの字でも。
好意を持つのは自由だ。構わない。
だって、どうせアンナはオイラの、だから。
その片想いが叶わないことを知ってたから、自分は高見の見物をしてられた。
しかしいざ、真剣な文章を読んだら、言い様もなく不安になった
真剣に書かれたものの力の大きさだ。
これが、全く相手の心に届かないなんてことあるはずが無い。
ありえないことはわかってても
アンナが離れていくんじゃねえかと思った
ともかくこの男に対して、「その他大勢」以上の特別な感情を持つだろう
オイラには、逆立ちしてもラブレターなんて書けねえし
それが、嫌だった
あーやきもちってこういうもんなんか。
未知の感情に頭が痛くなる。
それから何か すまなくなった
許婚ってのは家柄で、アンナを縛ってるんだなと再確認したこと
けど許婚だから、って思えば、
やっぱりアンナはオイラのなんよなあ、どうしようもないな
という思考に達するので、無意味にそればっかり考えたりもした。
いろいろ、考えて
考えて、考えて、
考えるのを止めた。
風呂から出てくると、またもアンナはこたつに入ってテレビを見ていた。
ゴールデンタイムのバラエティー番組は、必要以上に騒々しい。
「・・・何よ、またそんなところに突っ立って」
背中で感じたのか、アンナの声が言う。
手紙・・・
読んだんか?
とは聞けずとも、
見ればこたつの上にはもう広げた手紙が置いてある。
オイラは黙って真後ろに座ると、アンナの細い体をぐっと抱きしめた。
「・・・なァによ」
抱きしめた背から、アンナの温かさが伝わってくる。
こんな事、オイラしかできんのにな。
やきもちを察したのか、アンナは手をまわしてぽんぽんとあやすようにオイラの頭を叩いた。
「ま・・悪い気はしないわね」
「・・・じゃ、どうするんよ」
「どうするって・・・名前が無いもの。どうしようもないわ」
アンナは手紙を指差す。オイラはそれを横目で見る。
「・・・でも、心当たり、あるんじゃねえのか」
するとアンナがぴくりとする。
「読んだの?」
「え」
「読んだの?」
「あ」
「読んだのね?」
長いため息をついて、ぼそりと呟いた
「・・・でもオイラは破ったりしねえぞ」
アンナが肩越しにオイラをにらみ付けた。
でも、びっくりしたってよりは、やっぱり知ってたの、ていう表情だった
「いいでしょ、夫婦なんだから、夫が浮気しないように心配して、世話やくのは当然よ。文句ある?」
ああ、・・・なるほど
納得と共に、思わず、オイラはウェッヘッへと笑った。
「・・・だな、夫婦だもんな」
予想外の笑顔とユルい肯定の言葉に、アンナが目を丸くする。
「心配して世話しちまうんよなあ」
ぎゅうとオイラのぬいぐるみと化したアンナの腹を抱きしめる。
アンナは口を尖らせて、そうよ、と言うと、オイラにの身体に体重を預けた。
その体勢のまま、二人、しばらく黙ってテレビを見た。
「・・・でも何で名前、書かないのかしらね。どういう心理かしら」
テレビがCMに入ると、
アンナはたった一枚だけの便箋を前にかかげて、首を傾げた。
封筒も取り上げて、隅々まで見て、中も覗き込む。
「忘れたんじゃねえのか?」
「あんたじゃあるまいし・・・」
「気がすんだんじゃねえのか」
「名乗るくらい礼儀だわ」
「あ!おいホラ林檎出てるぞ!今日もおっかねえなー」
オイラは言いながらアンナの手から手紙をとって、アンナから届かない遠くへぽいと投げた。
「もう・・・」
雑踏。
騒がしい、駅前広場。
オレンジ色の便箋をもう一度、横目で見た。
場所は、間違いない。時間も、おお、もうすぐだな
ほら、来た
「あれ、麻倉・・・・何で」
「よう」
彼は、緊張した面持ちで、しきりに周りを気にしながら、葉の前に立った。
彼の頭には何が過ぎってるんだろうか。
たぶん、(やべ、こいつに見られたら明日学校で噂に・・・)とか、的外れな事だろう。
そんな顔をして、また葉の肩越しに待ち人を探して雑踏をみやる。
「お前も、誰かと待ち合わせ?」
「いんや」
・・・ それから
明日の放課後、四時にふんばりヶ丘駅前で待ってます。
3-C
××××
制服のポケットに、昨日ねじ込んだ二枚目が、ぱりっと言った
葉は彼と目を合わせると、ユルく、いつもの笑顔をつくった。
「・・・話が、あるんよ」
***アトガキ
そんなに横恋慕の話が好きか・・・的な。
題名・リボンの騎士のヴィーナスの台詞
「愛は残忍なもの・・・エゴイスティックで気ままなもの」
これ好きすぎる
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