膝の下が痛い。
![]()
この世の人間は二分されてる
自覚していなくても、皆。
ある日を境に道は別れる
まっぷたつに。
心の変化と身体の変化に、徐々に気づいてきた今日この頃。
*
足の下に畳がある。
畳には布団が敷いてある。
布団の上にはアンナが寝てる。
アンナは布団を被ってる。
その下で浴衣を着ている。
なら浴衣の下は?
アンナは毎朝7:15に、目覚ましをかけている。
その音が階下まで聞こえてくる日もあれば、早々に止めたのか聞こえてこない日もあるけれど。
5分ほどすると、オイラが朝飯をつくってるところに降りてくる。
しかし、低血圧なのか何なのか、目覚ましが止まった後
朝飯が出来上がっても一向に起きてこない日があったりするので
オイラはアンナを起こしにいかなくてはならない。
けれど、いざアンナの部屋の畳に立つとぴたりと足が止まる。
数メートル先で寝ている彼女の寝息とか聞こえてくるもんだから。
さて、自分の許婚が無防備に布団に寝ているのに直面したらどうするか。
まず、
その布団に近づいて、
隣に座って。むしろ寝そべって。
掛け布団の端っこから手と身体を滑り込ませ
寝ぼけ眼の彼女にちょっかいだしてみて
学校があることも忘れて、アンナが起きるまで抱きしめてみた
―――ら、どうだろう。
オイラは襖の横に立ち尽くしたまま考えた。
妄想の通りに、布団に近づく。アンナの髪の毛が見えてくる。
もう一歩行くと寝顔が見えた。横を向いて、枕に頬をうずめている・・・気持ちよさそうに寝てんな。
おもむろに、傍らに腰をおろす。
寝乱れて緩んだ合わせの胸元は肌蹴ていて、
いつの間にやら、思わず見惚れるような、ささやかな暗い狭間が覗いていた。
「ん・・、朝・・・?」
アンナは目を覚ますと、アクビをしてから枕元の時計を見上げた。
「やだ、もうこんな時間・・・」
上半身を起こし、目を擦り、アンナはオイラを改めて睨みつけた。
「それで?何やってんの。あんたは」
アンナの視線の先には、
今まさに横たわろうとして、畳に肩肘だけつけて固まった妙な格好のオイラがいた。
同居人というこの状況も悪くはない。
毎日会うのにぎくしゃくなんてしたくねえし
だからこそ
(・・・胸ふくらんできてるとか)
アンナの少しずつ女らしくなる体付きが、嬉しいを通り越してうらめしい。
だってよ
一度この欲望が放たれたら
もう
きっと話す暇さえ無くすほど
そばにいたくなるんだろう から
**
今日は朝から雨だ。α派がでてる。
やたら眠い。
寝っころがって読んでた漫画を隣に置くと、腹をかきかきうたた寝の体勢に入る。
何気なく寝返りをうつと、目の前にアンナが横たわっていた
うぇっ!?
いつの間に。
オイラの傍らに平行に寝そべってオイラを見てる。
「だるいわ」
またも硬直するオイラに、心の底からだるそうにアンナは言った。
突然、オイラの頭にアンナの手が伸びた、と思った次の瞬間、意味もなくべちんと叩かれた。
「だるいわ、あんた、なんとかして」
だるいのか不機嫌なのか暇なのか、アンナは横になったままで、
ごろごろと上を向いたり横を向いたりうつぶせたり
オイラをつねったり服をひっぱったり蹴ったり座布団を投げてみたり
何だかもう好き勝手しはじめた。
「痛てて何するんよ」
髪をひっぱられながら言うと、アンナは目を細めてくすくす笑った。
うぉ、
前髪をみつあみに編まれながら。
これは何か
すげえ可愛いかもしれねえ
梅雨の予報がニュースで流れ始める。もうすぐ雨ばかりの日々。その後に夏。
この季節が苦手なのか、アンナはこのところやたらと畳に転がる。
ホロホロが来ようと蓮が来ようとそのままだから、きっと他意はないんだろうが。
短いスカートが(むしろその中が)気になるし
こっちは終始ひやひやしてるのに、本人はお構いなし
そうしてると結構色っぽいんだぞ
知ってるんか お前は、自分で
皆ぎょっとしてんじゃねえか
自覚しろよ
せめてオイラの前だけにしとけよ
隣に寝てやってもいいからよ(身の安全は保障しねえけど
悶々とする時間が増える
部屋干しの洗濯物を畳んでいると、背中の向こうで、アンナがまた寝返りをうった。
***
お前がそんなだから、オイラは風邪をひいた。
昨晩、喉が痛いと思ってたら、翌日咳が止まらなくなった。
そのうち微熱まで出てきた。うっとうしい喉風邪。
かといってアンナが家事を代わってくれるはずもなく、マスクしながら夕飯を作った。
アンナはオイラが咳をする度、うるさそうに顔をしかめていた。
がしかし。
翌日の朝起きると、台所のテーブルの上に見慣れない物体があった。
手に取ると箱に書かれた小さい字を目でたどる。・・・・風邪薬?
まだ封も開かない喉風邪用薬の横にはメモに一言
『飲め!』
当の本人はすでに家をでていた。
早朝も6:30だぞあのいじっぱり。
窓の外で朝日を受けて雀が鳴いている。
細くて柔らかい字を眺めながら薬の封を開けた。
プラスチックの小さいカップに悶々という字が沈んでる。
シロップ薬を適量とって一気飲んだ
口の中に…甘くひろがっていつまでも残った。
可愛いとか 思わせんなよあんまり
遅れて登校すると、アンナは伸びかけた髪を一つに結んで揺らしてた。
美術の写生で晴れた空の下。
にわか暑くなった気候に服装が追い付かず、
暑いわとこぼしながら上着を脱ぐと、 シャツの白さが日差しにめちゃくちゃ眩しい。
それさえ霞ませるほどのうなじの白に目がくらむ。
「持って」
と押しつけられた上着から、アンナのにおいがする気がした。
ほらなまた男が振り向いた。
無造作に結われた髪は首筋の白さに相まって涼しげ
汗ばむような日差しにも、汗一つかいていないように見えた。
なめたらわかるだろうな
唐突にそんな考えが浮かんだ。
いっそなめてみるか
いやいやまさか学校でそんな事できない。
じゃあ家に帰ったらどうなんだ。
下校中にその首筋を睨みつけて 考える
玄関にあがったら 戸を閉めたら 廊下を歩き始めたら
アンナが自室の襖を開けたら、 後ろから
と、アンナが振り向いて、随分近かったオイラをいぶかしげに睨んだ。
「・・・・何?」
「何でもないです」
言って後ずさると、鼻先で襖が閉まった。
何考えてんだ そんなことしちまったら…余計…変なことになりそうな (変なって?)
(そもそも首筋なめるだけじゃ止まらんだろう)
なめて驚いて振り向いたアンナを畳に押し倒すところまで妄想して、
焦げ臭い匂いに急いでコンロの火を止めた。
****
「何これ」
夕食の席で、アンナが無残にも真っ黒になったメザシを箸でつまみあげてオイラを睨んだ。
お前のせいじゃねえかよ。
という自分勝手な思考が頭に浮かび、
オイラは咳をしながら、いつもは謝るところを睨み返した。
するとアンナは、珍しくそれ以上言わずにしぶしぶメザシを口に入れた。
「・・・体調管理しっかりなさいよ」
呟いたアンナは俯いてもう一口メザシを噛んだ。
そんなしおらしい表情を見てたら・・・・また、変な気分が湧き上がる。
少し前まで魚の腹だった黒い炭が、アンナに噛まれてぱらぱらと皿に落ちる。
それどころか唇の端に炭がくっついて汚れてるから、ティッシュをとって差し出したら、
アンナは手を伸ばさずに、ただ口を尖らせて顎を上げた。
・・・・・・拭けと?
乗り出して口元を拭いてやるとアンナは当然という顔でティッシュを目で追っていた。
ばあちゃんにもこんな風に甘えて・・・たんか?
ちなみにそんなオイラ達を見て、阿弥陀丸が口を開けて真っ赤になってるけど・・・
「明日ホロホロが来るってさ」
アンナが呟く。
「しゃべるなよ・・・」
指先がティッシュごしにアンナに触れる。
うぇ、唇柔らけえな・・・
ともかく綺麗にしてやると、アンナは何食わぬ顔で食事に戻った。
こっちはまだ鼓動が踊ってると言うのに。
なあ頼むから、
これ以上お前のことばかり 考えさせないでくれ
寝て起きても、まだ咳は止まらない。
良く晴れた休日の昼なのに、体調が最悪でもったいない。
まあやることと言えば、家でごろごろして音楽を聴くくらいだけどよ・・・・
喉はがらがらして、いよいよ声まで痛々しくなってきた。
暇つぶしに遊びに来た(たぶんピリカの修行から逃げてきた)ホロホロが、オイラの声を聞いて盛大に笑った。
手土産の季節を先取りしたスイカは、まだ小さかったけど、
真ん中で割ったら目を見張るような瑞々しい赤が現れた。
スイカ片手に、あ゛ー、と声帯を確かめるように繰り返し言ってたら、
縁側でスイカの種を飛ばしてたホロホロが振り向かずに言った。
「お前よーそれ声変わりじゃねぇのか」
『声 変わり』?
頭の理解が追いつかない傍らで、また咳が一つ出た。
自分が言った言葉も忘れたように、スイカを齧るホロホロの方からしゃくっと小気味良い音。
背後で今年最初の作り置き麦茶を片手に持って、アンナが襖を開けた。
コップの中でカランと氷が涼しげな音を上げた。
・・・ああ夏が来るんか
喉が急激に乾くのを感じながら、ぼんやりと思った。
何かを宣告されたような気分だった
14の誕生日を迎えてすぐのこと
(声変わり・・・・)
噂には聞いていたけど。早いのか遅いのかわからないけど
最近、アンナの事ばっか考えてたから、いきなりこうなったんじゃないかと、妙な罪悪感を感じていた。
*****
「声」
休みあけの下校中、瞳に夕焼けのオレンジを灯らせてアンナが口を開いた。
「あんた、その声」
オイラが先を歩いていても、追いついて来ようとはしない。
マイペースな自分の歩調は崩さずに、ただ声を大きくした。
「薬しっかり飲んでるの?あんた」
「飲んでるよ」
乱暴に答えた。
言ってしまった後で、風邪薬を買ってきてくれたことを思い出して申し訳なくなった。
でも風邪薬なんか効かんのよ
これは噂の声変わりなんだぞ
「身体壊すのだけはやめて頂戴」
「わかってるよ」
言った後にまた後悔する。
だから何でこういう言い方しかできんのかな、オイラは
「熱は?ないの」
アンナの声が近づいたと思って足を止めた瞬間、ぴたりと額に、白い手が重なった。
顔は間近、見つめるアンナのでかい目にオイラが映る
――――あ。
ぎょっとすると同時に、反射的にオイラはその手を振りほどいた
には程遠い、ほとんどひっぱたいた。
とっさのことに手加減もできず、ばしんと音が響いた。
あ・・・・。
やっちまったと思う掌がじんとする。
ビンタが来る!
と思ったら来なかった。
アンナは怒るでもなく驚いた顔でオイラを見ていた。
しばらくすると、アンナは沈黙したまま踵を返して、先を歩き始めた。
オイラは気まずさを抱えながらその後に続いた。
お互いの位置は変えて、(それ以上に雰囲気が重く変わって)無言で歩く。
オイラの手が痛かったんだから、アンナの手も痛かっただろう。
あの真っ白い肌が赤くなってたりしたら、土下座くらいじゃ足りない。
「あんた」
いつもの声が思考をぶった切った
「うぃっ!」
思わず背筋を伸ばせば、肩越しにこちらを睨むアンナ。う・・・
「すまん・・・・」
その表情に思わず謝ってから、そういえば謝罪の言葉はこれが最初だと気づいた。
するとアンナはふうとため息をついた。
「・・・あんた、生え際気にしてるの?その歳で」
生え際?
アンナの目がオイラの額を見る。
思いも寄らぬ台詞に、真っ白な間の後、
「違っ…!!」
言葉が指す所を理解し、思い切り頭と手を振った。
どんな誤解の仕方なんよ。
なのにアンナはオイラを無視してしみじみと言う。
「気持ちはわかるわ。遺伝って恐いわね」
でも幹久だってまだだから、あと30年は大丈夫なんじゃないのとアンナは続ける。
随分悲しい勘違いのされ方をされたけど、言い合ってるうちに気まずさは溶けていた。
良かったと心底胸を撫で下ろした。
アンナはそんなオイラを見て、ふっと笑った。
「じゃあ、あたし寄るところがあるから」
家はもう目前なのに、アンナは家とは逆に向かう横道を指差した。
「寄るって、どこに」
「秘密」
くるっと背中を向けると、さっさと歩いていく。
「おい、待っ・・」
不穏なものを感じて追いかけるも、アンナは歩調を速める。
「先帰ってて」
やばい違う。
嫌な予感が湧き上がる。
違った。
そもそもアンナが勘違いなんてするはずない。
「アンナ!」
呼ぶとアンナは足を止めて、沈む直前の夕日に金髪を光らせながら振り向いた。
唇を結んで、厳しい顔でこっちをまっすぐ見るアンナ。
・・・で?どう言うつもりなんだ?オイラは
「・・・すまん」
「何がよ」
アンナの手が見えた。
さっき叩いた右手の腹。
夕日のせいでなくやっぱり、赤く染まってた。
「一人にして」
アンナを見くびってた。
あいつはオイラの変化にとっくに気づいてた。
優しくしてもロクに礼も言わないし、それどころか口調はぶっきらぼうだし
伸ばされた手も叩いて、
・・・傷つけたのに。
気まずさが続かないように、汲み取ってフォローしてくれたんだ 「生え際気にしてるの?」
それさえぶっ壊して。 「一人にして」
何やってんだオイラは・・・。情けない
夜になって帰ってくると、アンナはいつも通りだった。
せめてもとアンナの好きなものばかりつくった夕飯を、大人しく食べた。
食いながら雑談もした。「ホロホロに好きな子がいるらしいわよ」「マジか」「ええ」
でも、風呂に入るとさっさと寝ちまった。
あわやりんごのでる音楽番組を一緒に見ようと思って、テレビつけて待ってたのに
アンナは大人だ
いつもは鬼のようでも、いざという時優しい。
さりげなく気を回す
という事をホロホロがぼそりと零した。
そんな事知ってるのはオイラだけだと思ってたのに
少しイライラした。
今日も居間の襖を開ければ、また畳に転がって寝息を立てていた。
耳からCDプレーヤーまでイヤホンがつながっている。
流れっぱなしの音楽を止めると、アンナがうなった。
「葉・・・・?」
目を開けずに、唇が動いた。
・・・・・
・・・・可愛いよなぁ
こうして、また一日中アンナのことを考えるハメになる
いやすでになってると 気付いてまたへこむ
思考に名前をふるなら
悶々
以外に呼びようがない
思春期の呼び名にふさわしく
まさに春ばかり思って
時期は夏を目前にひかえ
確実にやってくるだろう熱さに
どこかもどかしくって なぜか心踊るような
最近いよいよ気が散って、まともに話すのも難しくなってきた
アンナとまっすぐ向き合うと、上手く話題が見つからなくなって、
不自然なくらい言葉を選ぶ。
ぎくしゃくすればアンナは眉をひそめる。少し悲しそうに。
そんな顔されりゃ心は痛むが、同時に変なところが痛んで、また気が散る。
これじゃあ、もう何も考えずに、ただ自然に話せることなんて二度とねぇんじゃねえかと
ありえないことだとわかっていながら脳が卑屈になる
夜毎、膝の下が痛む。
たまに骨が軋む音さえ聞こえる。
背が伸びているんだ今も。成長痛というやつ。
うれしいはずが恐ろしい。
オイラは男に、アンナは女になってく。
違う人間になる。
誰より近かったはずの距離が離れていく。
これ以上離れたら、どうなっちまうんだ?
******
しかし翌日、何の前触れもなく咳がぴたりと止まった。
数日後には声も以前と何もかわりなく落ち着いた。
どうやら本当にただの風邪だったらしい。
ほっとすると同時にどこか落胆した。
まだだよなあ。やっぱまだ早いんよなあ
寂しさを感じつつも、何となく、まあこれでもうアンナともぎくしゃくしないだろうと心が軽くなった。
そんな矢先、炎のブレーカーがおっこちた。
CDラジカセで音楽をかけつつ、夕飯の準備をしながら、風呂場の電気もつけっぱなしで
アンナは扇風機をひっぱりだしてテレビを見ていた。
ダメ押しに昨日の残り物をレンジに入れたらバチンといった。
真っ暗闇の中で。
「ちょっと!あんた何してんのよ!」
アンナの声が響く。
「すまん、やっぱレンジはまずかったか」
「くっちゃべってないで早くなんとかして頂戴!このおバカ!」
お前だって電力使ってたじゃねえかと思いながらキッチンから出て、
懐中電灯を頼りに椅子にのぼってブレーカーをいじった。
が、どこをどうしても一向に電気がつかない。
「まいったな」
困り果てて見下ろすと、下から懐中電灯の光をあてていたアンナがため息をついた。
結局電気屋に電話することもできないので、
オイラ達は一個の懐中電灯を頼りに、あり合わせの夕飯をすませた。
「ろうそく・・・探すか」
「もう寝るわ」
それが賢明だよなと思って、二人して足元に気をつけながら階段を上がった。
必然的に繋いでいた手をほどくのを忘れてアンナの部屋に入る。布団をひいてやらないとならかった。
「・・・なんか怖えよなあ、こう暗いと」
「バカじゃないの」
アンナが懐中電灯で照らす中、オイラがアンナの布団をひっぱりだしてひいた。
もうこの役割分担も慣れたものだった。
「怖くねえか、後ろとか。何かいそうでよー」
シーツを整えながら言った。
・・・アンナのにおいがする。これは気のせいじゃない。
こんな時に何考えてんだ。
「バカね、除霊済みよ」
アンナは真顔で答える。
枕も掛け布団も、暗闇の中でもほれぼれするほど美しくひききると、
オイラはやり遂げた感を抱えながらその場に腰をおろした。
ここで寝れちまえばいいのにな・・・
「・・・怖いって言ったら、一緒に寝てくれるの?」
「・・・こういう時に冗談言うなよ」
ぱち、
と音がして、懐中電灯の明かりが消えた。
あたりを暗闇が包む。
「アンナ?」
・・・アンナは今、何て言ったんだ?
アンナがオイラの前に座った。
暗い、けど少し目が慣れるとぼんやり見えた。
「・・・あんた、あたしが嫌いなの?」
アンナは正座して、膝の上で握った自分の手を見ている。
・・・『嫌い』?
「そんなこと・・・ねえよ」
「でもあんた最近冷たいわ」
アンナの膝の上できつく結ばれているのは、あの日叩いた手だった。
「・・・すまん」
アンナは答えない。
「・・・嫌いじゃねえよ」
「うそつき」
嘘なんかついてねえのに。
アンナの手が持ち上がって目元に触れた。
―――泣いて?
心を過ぎった時、考えるより早く両腕がアンナに伸ばされた。
ちょっと力を入れただけで、アンナの体は胸にすっぽり納まった。
あんなに何度も妄想したのに
あっけなく、
暗闇の中でオイラはアンナを捕らえた。
こんなに華奢だったかと思う傍らで
胸が早鐘をうってうるさい。
アンナの呼吸が肩にあたる。
身体が温かい。
めちゃくちゃ細いのに、どこもかしこも柔らかい。
身体を少し離すと、アンナと目が合った。
アンナの目が潤んでる。
ああ、好きだって言わんと・・・
思いながら吸い寄せられるように唇を押し当てた。
想像したより感触はやわらかく
いつ唇が合わさったのか
気にしてた息継ぎをどこでしたのかさえ記憶になかった
顔を離す。見つめ合うと急に照れくさい。
でもお互い腕はほどかずに、また元通りきつく抱き合った。
オイラとアンナは、この後どうすべきか知っていた。
すると今になって、また、喉が痛んだ。
その時、オイラはふと全てを悟った。
―――ああ そっか
成長するってのは、離れていくことじゃねえんだ。
今までのいつよりもアンナを近くに感じる。
腕の中にいて、オイラの背中に手をまわしてる。
成長ってのは近くなることだ
これは二人がもっと深く抱き合うための準備だったんか
身体の変化も心の変化も、こうするための準備で――――
オイラ達はようやく、もっと近くにいられるようになったんか
小さな発見に目を瞬いていると、アンナがそっと両手を伸ばす。
「あんたってバカだわ」
オイラの顔を掌で挟むようにして、心を見透かしたようにアンナが呟いた。
ああ、やっぱきれいな目だ。
「・・・すまん」
「すぐ謝らないの」
「すまん」
「だから何で謝るのよ・・・」
「これ以上我慢できねえ」
そしてまた、キスをした。
布団に横たわる途中で、先走りした脳は
明日の気恥ずかしさよりも鮮やかに
遠い未来のまだ見ぬ幸福な一家族を描いていた。
まだ震える唇を吸いあって、
整えたシーツを乱すように初めて手足が絡んだ。
ゆっくりオイラ達は服を脱いでいった。
また骨がきしむ音がした
お前には聞こえてるんだろうか
<end>
*****
後
例の声変わりネタでございました。デヘッ
←bACK