瀕死のダーリン





















死んでしまえと思うの
醜くこの世にしがみつくならいっそ

死んでしまえと思うの
心配などさせるならいっそ

死んでしまえ
そうしたら
あたしも喜んで追ってあげるわ待ってて


これは強さ
それとも弱さ








ゴーレムが止まって呆けているミュンツァーを強制的に連れて、ハオ組まで勢ぞろいしたこの騒動は幕を閉じた。
全員がOSやら何やらで宿舎に到着したのはもう遅い時間だった。
ようやく地面に降り立って、さてと自分の夫を振り向いた。

途端にぴたりと足が静止した。
葉は丁度気を失ったまま、竜の手によって地面に下ろされるところだった。

葉の血が包帯代わりに縛り付けたシャツに赤く赤く染み込んでいくのを見て、喉の奥がぎゅうと詰まるのを感じた。
胸はつかまれたようにきゅうとなった。

鼓動は長く遅く落ち着いていた。気持ちが悪い。
ずるっと片手が支えを失って地面に落ちた。

死ぬかしら。

ファウストはいる。ゴーレムは止まった。もう何も心配はないはずなのに。
竜におろされたその場に、葉はへたり込んだまま目を閉じている。

死ぬのかしら。

このバカ亭主。ボロボロになって情けない。
ぴくりともしない蒼白の顔に、黒い前髪だけが風に吹かれて揺れる。

死ぬのかしら。

心臓がどくんと鳴る。自分の体温が下がっていくのがわかった。夜風が冷たいせい?

葉?

あんた死ぬの?

突然その目が開いた。

「あ、」

葉の目にあたしはどんな表情にうつったのだろう。
葉は幽霊のようにぼんやりこっちを見て、見てー・・・。

「アンナ・・・」

「何よ」

「今日の修行はー・・・さすがに・・・休み」

「バカ言ってんじゃないわよ!」

不自然だ。大声になりすぎた。まん太もホロホロも振り向いた。
あたしは顔が赤くなるのを感じた。
葉だけはあたしを見上げたまま、表情も変えず深い呼吸を繰り返している。

「しょうがねえなあ・・・、じゃあ何とか早めに治してくれよ」

やがて痛そうに顔を歪めて答えた。

「そんな事ファウストに言いなさい」

まさにその時、ファウストが葉の傷を見にやってきて、一通りケガの状態を見て、葉を立たせると部屋の中へ促した。
いててと呻きながらもユルッたい顔でふらふら歩く葉は、あたしの横をすり抜けようとした。
その時葉が一瞬歩調を緩めて、顔だけ振り向かせて小さい声で囁いた。

あたしははっとしてまた歩き出した葉の後姿に視線を投げた。
何事もなかったかのように歩いていく葉は頼りなく足元をふらつかせて、あっと言う間に行ってしまった。





『そんな顔するんじゃねえよアンナ』

『死なねえよ』





そんな顔を
していたのだろうか

宿舎の窓の外を見つめながら思った。
夜風はひんやりとしていた。
深夜と呼べる時間は過ぎつつあった。もう夜が明ける。
それでも、自分の夫がまだ戻って来ていない以上、眠る気は起こらなかった。
寝付けないまま一人部屋を抜け出して、宴会の名残を残した、誰もいない大部屋にやってきた。
冷えていく頬の感触は心地よかったけれど、そろそろ寒くなるだろうと、窓を閉めようと膝立ちになった時、
ほとんど同時に、後ろの襖が開いた。
振り向くと葉がいた。ファウストの治療をたった今終えてきたところだろう。

「治ったの」
「おお、何とかな」

葉は言って当然のように部屋に入ってくると、まるで炎の居間でくつろぐようにあたしの隣に座ってはああとため息をついた。
こんな時間にわざわざ・・・、処置が終わってまっすぐにここに来たんだろう。
それが、自分に向けられた優しさだとわかって、少し気恥ずかしくなった。

「それで?」

葉があたしの顔を見て少し首を傾げた。

「修行するんか?」
「いいわよ・・・」

即座に答えてしまった事がまた照れくささを増幅させた。
疲れてるだろうからいいとか
元気で戻ってきたからいいとか
そんな心の内を口に出せるほど素直な女になれなくて、熱くなる顔を隠すように俯いてしまう。

葉はそっかと言って突然あたしの肩に頭を乗せた。

「何よ」
「何でもねえよ」

言うと今度は畳の上にあった手の甲に、あたたかいものが触れてきた。
帰ってきてくれたのだとわかった。
何も心配はなくなったんだと思った。

同時にこの安堵感が一時的なものでしかない事も認識した
その思考など

押し込めてしまうことにした
忘れてしまうことにした

全て受け入れて立ち向かえるほどに
強くなかった

それでも上っ面だけでも強い表情を出来れば
あたしは少しはたくましい女に見える?


気づいているのかしら葉は
あたしが本当は、ものすごく頼りないって事に


畳の上であたしに重ねられた掌は、
あたしに支えられてなんかいなくって
紛れもなくあたしを守ってくれていた
・・・から


「安心したんよ」

寝言のように葉が言った。

何に?
傷が治ったから?
弱いあたしを元気付けることができたから?

「治ったものね」

結局そう答えた。
葉が口元で笑った。















「何でもねえよ」

アンナの肩に頭をもたせて答えた。
彼女の髪から柔らかいシャンプーのにおいがして途端に安堵感が全身を覆った。
一瞬押し倒すか抱きつくか迷って、結局このままでいることに決めた。
畳の上で固まってたアンナの手を握ると目を伏せた。


最近、

死ぬということの近くなったのを怖いと思わない自分が恐ろしい

感情がなくなっていく気がする

死んでも生き返れるとか
傷が治るとか
何だかおかしすぎて感覚が麻痺していくように思う

でもそんな時
その度に
いちいち心配そうにアンナが瞳を揺らしてくれるなら
自分の生きている実感を 
必要性や意味を 少し
感じることができる気がした

「・・・安心したんよ」

「治ったものね」

オイラは短く笑う。

わかんねえよなあ。



彼女を愛するのはただ
その存在が支えだったから

それはただ彼女の強さの事でなく
自分を信じていてくれることが
必要としてくれることが何より
自分を支えていてくれたから




「でもよ今回は、」

「さすがにやばいかもと思ったんよ」

「一瞬だけな」


腹の傷はすっかり消えていたけれど、今も痛みは残っていた。
失神前に感じたあのぬるい倦怠感の渦は、自分がどこまでも死に近かった事を教えてくれた。


「アンナオイラ死んだらどうしよう」

「おバカ、死なせやしないわよ」

「情けないこと言わないで」


「でもオイラが死んだら。二度と生き返れなくなったら、お前どうするんよ?」

あんなに不安な顔をするくせに
泣き出しそうにするくせに

「縁起でもない」

「なあ、どうするんよ」

オイラがいなくなったら人生の目的も何もなくしてしまうお前は
一人じゃ何もできないわがまま放題のアンナは
オイラがいなくなったらどうするんだ?

一人で生きていけるのか?(まさか)

他の誰かと一緒に?(・・・まさか)


肩から頭を離して、正面から目を合わせると、
アンナはまたさっきすれ違った時のように厳しい表情をしていた。
無表情に近いけれど触れたら泣き出しそうな顔だった。
いじめすぎたなと思って微笑んでみる。
するとアンナは僅かに、泣き出しそうな方に余計表情を傾けた。



「オイラが死んだら」



冷たい風の入るこの部屋で、
世界中の誰より近いオイラ達の距離が
繋がりが
どこまでも頼りなく希薄なものだと思い知ったようだった


アンナの手を力の限り握り締めた。
それでもこれにさえ限りがあるという、空しい感覚は消えなかった


なあアンナ

オイラのためにその時はその時は




「一緒に死××。」






呟いた後、葉は思い切りその耳にかみついた。
その痕は一週間たっても消えなかった。


ユルッたい関係の奥の奥の
激しい何かを目の当たりにした気がして
アンナはしばらく立ち上がれずにいた。

ただぼんやりといつまでも葉の出ていった襖を見つめていた






終わった後の幸せを願えるほど大人でない
独占欲手に入れたものははなさない
まして誰かになど




「当たり前じゃない」




やがてその一言がアンナの口をついて出た。



窓の向こうで、一日を刻む陽が空を染め始めていた。







これが愛情

それが二人の愛のかたち





















***
アトガキ

暗いですね・・・・・・。
24巻に妄想してしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想などお待ちしておりますかもしれないです・・・・!

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