頭が忙しくなる頃である
どちらかと言うと体が忙しくなる頃である
日常は走っているようで止まっているようで
距離は遠のいたり縮んだり
日々一進一退。
春を思う。
6:30
飛び起きてやべえと思えば隣の部屋に耳をすます
カーテンの向こうで太陽はすっかり一日をはじめていて、小鳥の鳴き声が聞こえる静かな朝
壁の向こうが静まり返っていることをまず確認して、胸をなでおろす。
数分後に鳴るはずだった目覚まし時計を丁寧に止めて、極力音を出さないように寝床を抜け出した。
廊下、まだ夜の余韻をひきずったままの襖の前を抜き足差し足歩きながら
頼むからこんな時に限って起きてんじゃねえぞと
夢の中でまで会った彼女に頼み込む
夢の中で彼女は一際かわいくて
何だか無償に可愛くて
隅から隅まで可愛くて
そんな夢を見た後に顔を合わせる程気まずいことはなくて
フライパンの上で色付いていく卵焼きをぼんやりと見下ろしながらまた、反芻する。
いつからこんな夢を見るように・・・
鼻が焦げ臭さを知って、ようやく茶色に変わりつつある卵焼きに気づいて火をとめた。
「おはよう・・・ねえ葉」
背中ごしにアンナが声をかけた。
「何だよ」
オイラは振り返らずに答える。
寝起きの彼女を最近直視できないのは、この炎での寝巻きが浴衣だという事
朝弱いアンナは寝崩れた浴衣のまま歩き回るという事
ついでに最近アンナの体に明らかな変化を認めるようになった事に関係している
「シャツがないの・・どこ?」
「アイロン台のとこにあんだろ」
「なかったわ」
「よく探せよ」
「探したもの」
「もっと探せよ」
「探したわよ」
「オイラ今飯つくってんだろ自分で探せ」
言い放つとアンナもぷいと言い捨てた。
「何よ冷たいわね・・もういいわよ」
朝から少し険悪
オイラのせいじゃないのによ
アンナは飯を食うとさっさと家を出て行って
オイラは少しイライラしながら鍵をかけてまん太と一緒に登校した。
11:30
突然担任の提案で席替えが起こり
オイラは廊下側の一番後ろに移動してしまい、居心地の良かった窓際から遠のいたのが少し不満だった。
アンナはと言うと窓際の前の方の席。狭いはずの教室で恐ろしく遠くに感じる距離だ。
今までも大して学校じゃ話してなかったのに、やたらこの距離が恨めしい。
許婚は左から日差しをうけてやけにきれいに髪を輝かせて、たまに入る風に指先で前髪をどけている。
窓閉めていいかしら、と呟いたのがきっかけとなって、隣になった男子となにやら楽しげに話している。
ともかくオイラにはそう見えて嫌に気になって目が行って
見れば見るほど会話が弾んでいるようだった
またこの席からその様子が良く見えること
その中で非常に珍しくアンナの笑顔をちらりと見てしまい
ちょっと待て 待て待て待てと
言えもしないのにオイラは頭の中でつっこんだ。
12:50
屋上に現れたアンナにオイラは読んでたジャンプを閉じて、アンナの方を見ずに弁当箱のナプキンを開いた。
アンナは黙ってオイラの前に座ると、緑茶のペットボトルを二つコンクリに並べた。
「ああ、・・・すまんな」
「おつり」
「ん」
オイラが弁当箱を開けてやると、アンナは箸を持って行儀良く手を合わせた。
「いただきます」
「おうどうぞ」
アンナが箸をのばした卵焼きは若干焦げていたけれど、アンナはちょっと眉を寄せただけで何も言わず口に入れた。
「あ、そいえばお前・・・あのよ」
あたかも今思いついたかのように。
「席替えしたじゃねえか・・・・・それでさっき・・・何話してたんよ、隣のやつと、何かずいぶん楽しそうだったじゃねえか・・・」
「別に・・・」
と言ったきり続けないアンナに、つっこみたくてもつっこめない微妙な気分を感じながら、どう切り出すべきが切り出していいものか思い巡らせていると、アンナがちらとこっちを見てまた俯いた。
その一瞬に確かに含み笑いのような表情を見て、オイラはむっと顔を上げた。
「何だよ、何がおかしいんよ」
「何でもないわよ、バカね」
くすくすと笑い声が漏れてきて、どきどきとうるさく胸が鳴り出した。
俯いたアンナの笑顔が、ちょっと・・・か、可愛くて何かどうにもならない気持ちを押し込めるために、顔をしかめて唇を曲げる。
アンナは飯を食い終わると、また弁当を丁寧に戻して、ごちそうさまと言った。
ふわっと立ち上がると、屋上の柵まですたすた歩いていって、それに手をかけ背中を向けたまま呟いた。
「断ったわよ」
「何をだよ?」
わかってるくせにわざと聞いてみる。
するとアンナは屋上の柵に背中を預けて、こっちを見つめた。
傾げた小首で雲とまざりそうな白いシャツの襟がはためいた。
少し見上げたような位置で、アンナの足がいつもより多く見えた。
風がスカートの裾を揺らすのから視線をそらすのは難しくて、でも最大限の力を振り絞って即座に目をそらした。
そんな事に気づいているのかいないのか・・・
茶を飲もうと持ち上げ、アンナを見ないようにパッケージの文字を読む。
『生茶本格緑茶新芽やわら・・・・』
「だってあたしあんたのものだもの」
丁度口につけたところで手がすべって、次の瞬間、ばしゃっと膝に冷たい茶がこぼれた。
「あーもう何やってんのよあんた!」
「冷て・・・・」
「当たり前でしょう!まったくあんたって人はっ」
苛立ちながらアンナが寄ってきて、オイラの前に座るとポケットから出したハンカチでオイラの膝を(乱暴に)ふきはじめた。
至近距離でオイラが身じろいでいるとアンナはちらっとオイラを見上げて、
「おバカ」
と口を尖らせてぽつりと言った。
何故かその表情に胸がまさにきゅんと言って、気づくと膝の上にある細い手首を握り締めていた。
「葉・・・?」
アンナは当然ひるむ。
オイラは答えようもなく、視線を泳がせて、やがてアンナの顔を正面から見る。
アンナは頬を赤くして、でもじっとこっちを見てくる。
二人の間の空気がいつもと違うにおいになってるのに気づいて、唇に視線をやってしまった。
アンナも気づいたのか目をそらす。
でも逃げようともせず、頬はみるみる赤くなって、オイラはそれを可愛いなあと思いながらゆっくり顔を寄せた。
目を閉じる直前、アンナが目を伏せるのが見えた・・・・
「よっ葉どの!!冷たいでござるよ!!!」
悲痛な阿弥陀丸の声が腹に挟んだ位牌から響いた。
直後どんっと胸を思い切り張り倒されて、オイラは天国を前にして一気に屋上の床に落とされた。
続いてアンナの走っていく足音に、扉の開いて閉まる音が続いた。
「何でござるか・・・!せっかく拙者気持ちよく昼寝をしていたでござるのに・・・・・・葉殿?」
阿弥陀丸をよそに、オイラは張り倒された体勢そのまま、コンクリに大の字になって空を見上げていた。
鳥が気持ち良さそうに青空を横切った。
17:00
まん太と別れた後、必然的にオイラ達は二人になった。
最初少し気まずくもあったけれど、HEIYUで買い物して出てきた時には、いつも通り二人会話を交わしていた。さすがHEIYUだ。
さて
オイラの左側にアンナがいる
オイラの左手は空いている
気づかれないようにさっきかばんと買い物袋を持ち替えたから
不自然かもしれないが、今オイラの右手だけがとても重い。
そしてアンナの右手は丁度良く空いている。
会話はぽつぽつと心地よく続いて、夕日が長い影を道路に描いていた。
すげえいい状況だと思いつつ、何でもいいからとにかくきっかけ、きっかけきっかけ・・・!きっかけが欲しいと脳みそが回転する。
それを見つけれないまま残り時間だけが減っていく。
せっかくアンナの片手が空いてるのに・・・・・
ん?
いつからアンナの右手は空いたのだろう。
学校を出た時は右手に鞄を持っていたような気がする。
そうだ右手だった、最近修行がきついと言ったら思い切りその鞄で尻を叩かれたから
HEIYUで買ったアンナのリンゴとせんべいの入った袋も、最初は右手に持っていた気がする。
そうだ、それも右だった。オイラはアンナの右側にいて、近いほうの手に軽い袋を渡したのだ。
持ち替えた?
いつの間に?
・・・・・どうして?
アンナをちらっと見やる。
よく聞けばお互いの会話の空っぽな感じで、空台詞はどうもオイラ一人のことじゃない。
アンナはオイラの視線に気づいてこっちを見た。
しかしすぐにぷいとまた前を向いて早足で歩き始めた。
「アンナ」
オイラははっとして追いかける。
あっという間に歩調を速めていくアンナの顔は夕焼けのせいだけでなく、耳まで真っ赤になっていた。
「アンナ!」
引きとめようと伸ばした手で彼女の手を捕らえた。
引き戻して、向かい合うと、アンナはまた真っ赤な顔のまま言った。
「おバカ」
「・・・・すまん」
と答えるオイラは今度は笑顔で、そのまま手を握り合って帰った。
夕焼けがつないだ手も赤く照らしていた。
二人このまま進んでいけたらいいと思って今日も日が沈んでいく。
21:35
見ていたバラエティー番組がCMに入ると、アンナはさて、と言って立ち上がった。
その動作にむ、とオイラは顔を上げる。
「お前今から風呂いくんか」
「何よ悪い?」
「オイラもちょうど今入ろうと思ってたんよー。10時からのドラマが見たいからその前に入ろうと思ってだな」
「あたしだってそうよ。あんたがさっさと入らないのが悪いんでしょう」
それはお前もだろうと不満そうにせんべいをバリバリ噛むオイラの背から、不意にアンナの台詞が響いた。
「じゃあ一緒に入る?」
せんべいの砕ける音が止まった。
沈黙の一瞬の中、ぱらっとせんべいのかけらが座卓の上に落ちた。
しばらくしてまたせんべいがぼりぼりと言いはじめた。
「・・・・ていうわけにはいかないでしょう、おとなしく待ってなさい」
アンナが言いながら襖を引き、居間に一人残されたオイラは一定のリズムでせんべいを噛みながら、次々に移り変わるテレビ画面を凝視していた。
風呂に入る準備をして二階から脱衣所に降りてきたアンナは、顔をしかめた。
その入り口に寄りかかるオイラを見つけたから。
「ちょっと、あたしが先って言ったでしょう」
不満そうに言い放つと、オイラををどかして脱衣所の戸を引き、体を滑り込ませた。
しかし後ろ手で閉めようとした戸は途中でガタンと止まった。
オイラが戸が閉まるのを片手で阻んでいたから。
「ちょっと、早くしないとドラマに間に合わな・・」
「入る。」
「は?」
「オイラも入るんよ風呂」
「え?」
「一緒に入るぞ。」
言い切ると、アンナの顔がかあっと赤く染まった。
「は・・・何言ってんのあんた」
「お前が入るかって聞いたんだろ」
「冗談に決まってるでしょ!あんた何考えて」
アンナは力を込めて戸を引こうとするがオイラの手に阻まれてかなわない。
せっかくのチャンスにひいてたまるかとオイラだって必死だ。
「いいじゃねえかたまには一緒に入っても!」
オイラの本気の目を見てか、アンナは顔の筋肉がひきつらせた。
「ば・・・っ!かじゃないの!放しなさいよ!」
「だから入るっつってんだろ!」
「嫌よ!変態!」
「お前、一度言った事には責任を持ってだな!!オイラと・・・!!」
「こ・・・・っ!!」
アンナがわなわなと震え・・・
「こんのおバカ!!!」
ばちーん
と響いたいつもの快音の後、バンとものすごい音が響いて顔の横に衝撃がきた。
それがアンナが渾身の力で引いた戸の衝撃だった事には後で気づいた。
オイラはそのまま気絶して、目覚めたのは深夜だった。
8:05
「早くしなさいっ」
「待て鍵が・・・っ」
「遅刻するじゃない!」
鞄の奥底から鍵を見つけ出すと、玄関の鍵穴にそれを差し込んだ。背後でアンナが苛立った声を出している。
鍵が引き戸の向こう側でがちゃんと言ったのを聞くと、オイラが追いつくのも待たずに、アンナはさっさと歩き出した。
「待てよアンナ」
「あんたはユルイだけじゃなくてトロいのよ!遅刻したら修行10倍よ!」
「うぇー」
「わかったら急ぎなさい!」
「待ーてアンナちょっと待てって・・・」
「何よ!」
とアンナが言った時ようやくその手を握った。
ひるんだアンナの顔を見ずにオイラは先を歩き出した。
「行くぞ、遅刻しちまう」
今日も
日常は走っているようで止まっているようで
距離は遠のいたり縮んだり
日々一進一退。
けれど
昨日よりオイラ達の距離は、また一歩近い
ような気がする。
***
アトガキ
married lifeのめぐみさんに捧げます。
とっっっても遅くなってすみませんでした(汗)
リクの『思春期夫婦』にそえたでしょうか・・・。
何だかベタネタ大会になってすみませんです・・・。
ケンカしてみたり嫉妬してみたりビンタされたり挟まれたり忙しい一日です。思春期っていいですね!(←?)
こんなものですがぜひお納めくださいませ!
ではでは。
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